整骨院の不正請求は何が問題なのか。若手と患者さんを守るための請求倫理
瀬谷崎コラム
不正請求の本当の怖さは、若手の臨床まで壊すこと
療養費制度そのものが悪いわけではありません。問題は、制度を利用して嘘の請求を作り、患者さんと若手セラピストの未来まで削ってしまうことです。
不正請求は、単なるお金の問題ではありません。誤った病態説明、不要な処置、若手の時間の浪費、倫理観の低下までつながる、かなり悪性の高い問題です。
整骨院の保険請求については、業界の中でも外でも、いろいろな意見があります。
まず前提として、療養費制度自体を悪者にする必要はありません。
急なけがで困っている患者さんが、適切に制度を使えることには意味があります。真面目に請求している先生もいます。
問題は、制度を悪用することです。
来ていない日を請求する。外傷ではないものを外傷として扱う。部位を増やす。長期低減を避けるために、別のけがを作ったことにする。
少し辛口に言うと、不正請求は「みんなやっているから」で済ませていい話ではありません。

まなぶ先生

瀬谷崎
療養費は、病院の保険診療と同じものではない
ここはまず整理しておきたいところです。
病院などの医療保険では、患者さんが窓口で一部負担を支払い、残りは保険者から医療機関へ支払われます。
一方、柔道整復師の療養費は、本来は患者さんがいったん全額を支払い、あとから保険者へ請求して払い戻しを受ける仕組みです。
実際の整骨院では、患者さんの負担を軽くするために、受領委任という形で施術所が請求手続きを代行することがあります。
受領委任は、患者さんの代わりに請求を扱う仕組みです。だからこそ、患者さんが知らない部位や、実際と違う負傷理由で請求することは、制度の前提から外れていきます。
制度の細かい運用は複雑です。
ただ、現場で大切なのはシンプルです。
何が起きたのか。いつ、どこで、どう負傷したのか。施術録と申請内容が合っているのか。患者さんに説明できる内容なのか。
ここをごまかすと、どこかで必ず歪みます。
不正・不適切な請求で起きやすいパターン
不正請求といっても、形はいくつかあります。
ここでは、現場で問題になりやすいものを整理します。
| パターン | 何が問題か | 現場で起きる弊害 |
|---|---|---|
| 水増し・架空請求 | 来院していない日や施術していない内容を請求する | 明らかに実態と異なる申請になる |
| 無資格者施術の請求 | 資格や担当実態と異なる形で請求する | 誰が何をしたのかが曖昧になる |
| 外傷でないものの請求 | 慢性的な肩こりや慰安目的を外傷として扱う | 病態説明が無理やりになる |
| 多部位請求・部位転がし | 実態と違う部位や負傷時期を作る | 施術録も説明もどんどん苦しくなる |
これらは、単なる事務処理の問題ではありません。
請求を通すために、臨床の見立てまで歪んでいくことがあります。
お金の問題だけでなく、病態説明まで壊れる
不正請求の怖いところは、お金だけではありません。
請求を成立させるために、外傷ではないものを外傷のように説明し始めることがあります。
たとえば、慢性的な肩こりや疲労に対して、無理やり「外力が加わった」と説明する。
その説明に合わせて、炎症があるかのように扱う。必要性の薄いアイシングや固定をすすめる。患者さんにも「けがだから通わないといけない」と伝える。
こうなると、患者さんのための臨床ではなく、請求のための臨床になります。
請求の都合で病態を作り始めたら、もう臨床の順番が逆です。患者さんを見て請求を考えるのであって、請求に合わせて患者さんを解釈するのではありません。
もちろん、急性のけがなのか、慢性的な症状に急な負荷が加わったのか、判断が難しいケースはあります。
だからこそ、説明と記録が大切です。
「胸を張って説明できるか」
ここは、かなり大事な基準になります。
若手の時間が、嘘の処理に使われる
不正な請求が常態化した職場で、若手が一番失うものは何でしょうか。
お金だけではありません。
時間です。
嘘の負傷原因を考える。返戻対応に追われる。患者さんに苦しい説明をする。先輩から「こういうことにしておいて」と言われる。
その時間は、評価の練習にも、問診の勉強にも、手技の練習にも、論文を読む時間にもなりません。
不正請求を覚えることは、キャリアアップではありません。嘘の処理が上手くなっても、患者さんを見られる臨床家には近づきません。
本来、若手の時間はもっと大事に使われるべきです。
問診を学ぶ。危険なサインを見逃さない。評価を練習する。患者さんに分かる説明を作る。
そこに時間を使える職場と、請求の帳尻合わせに時間を使わせる職場では、数年後に大きな差が出ます。

まなぶ先生

瀬谷崎
一番悪性が高いのは、組織ぐるみで強要すること
ひとり治療院で知識が足りず、制度を誤解しているケースもあります。
それも良くはありません。学び直す必要があります。
ただ、さらに悪性が高いのは、組織ぐるみで不正な請求を仕組みにしているケースです。
売上目標のために多部位請求を強要する。若手に虚偽の負傷原因を書かせる。おかしいと思っても言えない空気を作る。
これは、個人のミスではなく組織の問題です。
「昔からこうだから」「みんなやっているから」「会社のルールだから」で進んでいるなら、かなり危険です。制度より社内ルールが優先されている状態は、早めに距離を取った方がいいことがあります。
若手が違和感を持っても、上司や会社に押し切られることがあります。
その時に「自分が弱いから」と思わないでください。
違和感を持てること自体は、むしろ大事な感覚です。
繰り返すと、罪悪感は鈍くなる
最初はおかしいと思っていたことも、毎日繰り返すと慣れてしまいます。
最初は苦しかった嘘の説明も、先輩が普通にやっていて、会社も数字を評価して、患者さんも気づかない。
そうなると、だんだん感覚が鈍くなります。
これは人間として珍しいことではありません。
だからこそ、仕組みで防ぐ必要があります。
- 請求内容を患者さんに説明できるか
- 施術録と申請内容が一致しているか
- 若手が違和感を言える空気があるか
- 売上目標が請求内容を歪めていないか
- その仕事を家族に堂々と話せるか
倫理観は、気合いだけでは守れません。
職場のルール、上司の態度、教育の内容、売上の作り方にかなり影響されます。
とんとん整骨院が大切にしていること
とんとん整骨院では、請求のために病態を作るような臨床はしません。
患者さんの状態を見て、必要な評価をして、整骨院で対応できることと、医療機関での確認が必要なことを分けて考えます。
制度を使うなら、制度の範囲で誠実に使う。
使えないものを、無理やり使えるように見せない。
これは患者さんのためでもあり、スタッフを守るためでもあります。
売上のために若手へ嘘を覚えさせる院は、教育機関ではありません。若手のキャリアを消費しているだけです。
参考
- 厚生労働省
柔道整復師等の施術にかかる療養費の取扱いについて - 厚生労働省
柔道整復師の施術を受けられる方へ
胸を張って説明できる請求をする
保険の申請が通ったから正しい、とは限りません。
審査をすり抜けたことと、臨床家として誠実だったことは別です。
患者さんに説明できるか。施術録と一致しているか。家族に話せるか。若手に胸を張って教えられるか。
そこを見れば、かなりのことは分かります。
制度を守ることは、堅苦しい話ではありません。患者さんを守り、若手を守り、業界の信用を守るための最低ラインです。

瀬谷崎













