肩甲骨は剥がれない。でも「肩甲骨剥がし」で人が動くならどうするか

わかりやすい言葉は、患者さんを動かす。でも、雑に使うと呪いになる

肩甲骨は、別に剥がれません。それでも「セルフ肩甲骨剥がし」と言った方が患者さんのやる気が出るなら、その言葉を使うべきなのか。ここはけっこう難しい問題です。

患者さんが動きたくなる言葉と、患者さんに誤解を残す言葉は紙一重です。わかりやすさを取るのか、正確さを取るのかではなく、わかりやすく入り、最後は正確な理解へ戻す設計が必要です。

「肩甲骨剥がし」という言葉は、かなり強い言葉です。

なんとなく気持ちよさそうだし、肩甲骨が固まっている人には刺さりやすい。

自分で肩まわりを動かすセルフケアを伝える時も、「僧帽筋下部のトレーニングです」と言うより、「セルフ肩甲骨剥がしです」と言った方が、患者さんのモチベーションが上がることはあると思います。

ただ、肩甲骨は剥がれるものではありません。

ここで問題になるのは、その言葉が患者さんの行動を引き出す入口になるのか、それとも身体への誤解を深める言葉になるのかです。

まなぶ先生
まなぶ先生

患者さんがやる気になるなら、「肩甲骨剥がし」って言い方でもいいんですかね?

瀬谷崎
瀬谷崎

そこが難しいです。動いてくれるなら良い面もあります。でも、「肩甲骨が癒着して剥がれないとダメ」みたいな誤解を残すなら、あとで患者さんの身体観をこじらせる可能性もあります。

患者さんは、正確な筋名では動かないことがある

臨床家側からすると、「僧帽筋下部」「前鋸筋」「肩甲骨上方回旋」「胸椎伸展」みたいな説明の方が正確に感じます。

でも、患者さんにとっては、それが必ずしも行動につながる言葉とは限りません。

「僧帽筋下部のトレーニングをしましょう」と言われても、何のためにやるのか、どんな変化が起こるのか、いまいちピンと来ないことがあります。

一方で、「肩甲骨を動かしやすくするセルフケアです」「肩まわりが動きやすくなる練習です」と言われると、目的が少し見えやすくなります。

言葉は、正しければ伝わるわけではありません。

伝わらなければ、患者さんは動きません。

言葉の役割

専門用語は臨床家同士の精度を上げます。一方で、患者さん向けの言葉は行動を生みます。問題は、行動を生むための言葉が、身体への誤解まで生んでいないかです。

「剥がす」が、身体への不安を作ることもある

「肩甲骨剥がし」という言葉には、患者さんがイメージしやすい強さがあります。

でも同時に、少し危うさもあります。

肩甲骨が張り付いている。

肩甲骨が剥がれないから悪い。

剥がさないと改善しない。

こういうイメージが残ると、患者さんは自分の身体を「固着した、壊れた、剥がす必要のあるもの」として見始めるかもしれません。

これはセルフケアの入口としては便利でも、長期的にはあまり良くない身体観につながる可能性があります。

  • 「肩甲骨が癒着している」と断定していないか
  • 「剥がさないと治らない」という印象を与えていないか
  • 強い刺激や痛い施術を正当化する言葉になっていないか
  • セルフケアの目的が「剥がすこと」になっていないか
  • 最後に、動きやすさや使いやすさの話へ戻せているか

患者さんのモチベーションを上げるための言葉が、患者さんの不安を増やしていたら本末転倒です。

わかりやすさは武器ですが、雑に使うと呪いにもなります。

入口はキャッチーに、出口は正確に

では、「肩甲骨剥がし」という言葉は使わない方がいいのか。

僕は、そこまで単純ではないと思います。

患者さんがセルフケアを始めるきっかけとして、わかりやすい言葉が必要な場面はあります。

ただし、その言葉を使うなら、必ず意味を翻訳しておきたいです。

雑に使うと危ない

肩甲骨が張り付いているので、剥がしていきましょう。

少し整えるなら

肩甲骨を剥がすというより、肩まわりを動かしやすくする練習だと思ってください。

不安が残りやすい

剥がれないと肩こりが取れません。

行動につながりやすい

固まっている場所を壊すのではなく、普段使えていない動きを少しずつ取り戻していきます。

大切なのは、キャッチーな言葉を「入口」にすることであって、「結論」にしないことです。

入口では、患者さんがイメージできる言葉を使ってもいい。

でも出口では、身体に対する誤解を残さない。

「肩甲骨が剥がれる」ではなく、「肩甲骨まわりが動きやすくなる」「背中や胸郭も含めて使いやすくなる」「肩まわりの負担を分散しやすくなる」。

このあたりに戻しておく必要があります。

セルフケアは、名前より続く設計が大事

患者さんにセルフケアを伝える時、本当に大事なのは名前ではありません。

その人が続けられるか。

目的が分かるか。

やった後に変化を感じられるか。

不安ではなく、自分の身体への安心感につながるか。

ここです。

「僧帽筋下部トレーニング」という名前でも、患者さんが納得して続けられるならそれでいい。

「セルフ肩甲骨剥がし」という名前で入っても、最後に正しい理解へ戻せるなら、それも選択肢かもしれません。

ただし、患者さんが「自分の肩甲骨は剥がれないほど悪い」と思い込むなら、その言葉は使わない方がいいです。

臨床の落としどころ

名前で釣って終わるのではなく、名前で入って理解を整える。患者さんが動く言葉を使いつつ、患者さんの身体観を壊さない。ここが治療家の説明力だと思います。

その言葉で、患者さんは身体を好きになれるか

わかりやすい言葉は大切です。

患者さんが動きたくなる言葉も大切です。

でも、その言葉が患者さんに「自分の身体は悪い」「固まっている」「剥がさないといけない」という認識を残すなら、少し立ち止まった方がいいと思います。

患者さんがセルフケアを始めるきっかけになる。

身体を動かすことへのハードルが下がる。

そして最後には、自分の身体を少し信頼できるようになる。

そこまでつながるなら、キャッチーな言葉にも価値があります。

逆に、言葉だけが独り歩きして不安や依存を増やすなら、その言葉は便利でも危ない。

肩甲骨は剥がれません。

でも、患者さんが動き出すための翻訳として使える場面はあるかもしれません。

だからこそ、言葉を雑に扱わないことが大事です。

瀬谷崎
瀬谷崎

「肩甲骨剥がし」でセルフケアのモチベーションが上がるなら、それが完全に悪いとも言い切れません。でも、肩甲骨が剥がれないとダメみたいな誤解を残すなら微妙です。入口はわかりやすく、出口はなるべく正確に。言葉の使い方って、けっこう臨床そのものだと思います。

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