治療家の練習時間をどう守るか。患者さんのために、会社はどこまで求められるのか

努力を求めるほど、会社の責任も重くなる

治療家に練習は必要です。でも、その練習を会社としてどこまで求めるのかは、単純な根性論では決められません。

患者さんのためには、技術練習が必要です。一方で、長時間の強制練習を会社の方針にするなら、働き方、家族、採用、離職、教育の質まで含めた責任を背負う必要があります。

経営をしていると、従業員から「こうしたらいいんじゃないですか?」と言われることがあります。

その提案が間違っているわけではありません。

むしろ、その方法で目の前の問題が解決することは、経営者側も分かっていることがあります。

でも、ひとつの問題を解決すると、別の問題が生まれることがあります。

だから、経営判断は「正しい案を選ぶ」だけでは終わりません。

その案で得られるものと、失うものをどこまで許容できるか。

そこまで含めて選ぶ必要があります。

まなぶ先生
まなぶ先生

技術が足りないなら、練習時間を増やせばいいだけにも見えます。

瀬谷崎
瀬谷崎

個人としてはそうかもしれません。でも会社として強制するなら話が変わります。患者さんのために必要な練習と、働く人をどう守るか。その両方を考える必要があります。

シンプルな正解ほど、別の問題を生む

たとえば、技術不足を感じるスタッフがいる。

患者さんの改善率を上げたい。

もっと練習すれば、手技も評価も説明も上達する。

この流れだけ見れば、「練習時間を増やせばいい」となります。

でも、会社としてそれを決めた瞬間に、別の問いが出てきます。

  • それは勤務時間なのか、勤務時間外なのか
  • 強制なのか、任意なのか
  • 練習した人としない人をどう評価するのか
  • 長時間になった時、身体的・精神的な負担をどう見るのか
  • 家庭や生活との両立をどう考えるのか
  • 採用時に、どこまで正直に伝えるのか

問題は「練習が必要かどうか」ではありません。

練習は必要です。

問題は、それを会社の仕組みとしてどう置くかです。

経営判断の難しさ

ある施策で目の前の問題が解決しても、その代わりに採用、離職、労務、教育の公平性、スタッフの生活に別の影響が出ることがあります。経営は、その副作用も含めて選ぶ仕事です。

昔の努力を、そのまま会社方針にはできない

昔は、朝早く来て、夜遅くまで練習する。

空いた時間は常に技術練習にあてる。

そういう働き方をしてきた人もいます。

その環境で伸びた人もいると思います。

ただ、それを今の会社方針としてそのまま採用できるかというと、話は別です。

「23時まで練習します」と親御さんに言えるのか。

採用時に胸を張って説明できるのか。

スタッフの生活や健康を守れるのか。

今の時代に、会社がそのやり方を強制するなら、かなり重い責任が伴います。

誤解したくないこと

長く練習した人を否定したいわけではありません。問題は、その努力の形を、会社が全員に求める標準として置けるかどうかです。

でも、練習不足の臨床も許容できない

一方で、ここが一番苦しいところです。

患者さんは、練習不足の施術者に当たりたいわけではありません。

評価が甘い。

説明が曖昧。

技術が足りない。

改善しない。

それを「今の時代だから仕方ない」とは言いたくありません。

患者さんが良くなること以外、本来僕らは何に興味があるのか。

ここを忘れると、整骨院としての存在理由がぼやけてしまいます。

まなぶ先生
まなぶ先生

働き方を守ることと、患者さんの改善を追うことがぶつかる感じですね。

瀬谷崎
瀬谷崎

そうです。どちらかだけなら簡単です。でも、どちらも捨てたくない。そこに経営の葛藤があります。

根性ではなく、練習が続く設計にする

だから、これからの治療院に必要なのは「練習しろ」で終わらせない設計だと思っています。

個人の根性だけに頼ると、伸びる人は伸びます。

でも、組織としては再現性が低くなります。

会社として考えるなら、練習量だけでなく、練習の質、仕組み、評価、フィードバックまで含めて設計する必要があります。

  • 営業時間内や業務内に練習・振り返りの時間を組み込む
  • 何を練習すべきかを明確にする
  • 評価、説明、手技、問診を分けて練習する
  • 先輩が見てフィードバックできる場を作る
  • 症例カンファレンスで思考過程を共有する
  • 練習したことが患者さんの変化につながっているか確認する

努力を美談にするのは簡単です。

でも、会社として本当に大切なのは、努力が患者さんの結果につながる形にすることです。

スタッフ本人にも、選ぶ責任がある

会社が練習環境を整えることは大切です。

ただし、スタッフ本人に責任がないわけではありません。

治療家として上達したいなら、待っているだけでは足りません。

誰より早く準備する。

空いた時間に確認する。

分からないことを聞く。

うまくいかなかった症例を振り返る。

そういう小さな選択は、今でも必要です。

ただ、それを会社が「強制」として置くのか、本人が「選択」として積み上げるのかでは意味が変わります。

大事な線引き

上達したい人が自分の意思で努力することと、会社が全員に長時間練習を強制することは同じではありません。ここを混ぜると、教育も労務も乱れます。

とんとん整骨院が大切にしていること

とんとん整骨院では、患者さんが良くなることを大切にしています。

そのためには、評価も、説明も、施術も、練習が必要です。

ただし、昔のような長時間の強制練習をそのまま会社方針にすることは、簡単にはできません。

だからこそ、研修、カンファレンス、技術練習、フィードバックを、できるだけ仕組みとして整える必要があります。

患者さんのために妥協しない。

でも、働く人の生活や未来も軽く扱わない。

その両方をどう成立させるかを、ずっと考えています。

これから治療家を目指す人へ

もし、治療家として早く成長したいなら、就職先を見る時に「練習できる環境があるか」はかなり大事です。

ただし、「夜遅くまで残れますか」だけで判断する必要はありません。

むしろ、次のような点を見てほしいです。

  • 何を学ぶのかが明確になっているか
  • 練習に対してフィードバックがあるか
  • 失敗した症例を相談できる場があるか
  • 患者さんの変化を追う文化があるか
  • 努力を強制だけでなく、仕組みとして支える姿勢があるか

楽な環境を選べば成長する、とは言えません。

厳しい環境を選べば正しい、とも言えません。

大切なのは、患者さんのために成長できる環境かどうかです。

患者さんのために、練習をどう続けるか

治療家に練習は必要です。

これはきれいごとではなく、患者さんの結果に関わる話です。

でも、その練習を会社としてどう求めるかは、慎重に決めなければいけません。

強制すれば短期的には練習量が増えるかもしれません。

しかし、働き方、採用、離職、家族、生活、労務の問題も同時に生まれます。

練習不足の臨床を許容したくない。

でも、人をすり減らす仕組みにもしたくない。

その間で、どう選ぶか。

そこに経営者としての葛藤があります。

瀬谷崎
瀬谷崎

患者さんが良くなること以外、僕らは本来そんなに興味がないはずです。でも、それを実現する会社の形は、昔の根性論だけでは作れない。そこをずっと考えています。

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