腸腰筋は股関節屈筋で終わらない。腰痛に関わる前方剪断力の話

股関節屈筋という名前に、腰の負荷が隠れる

腸腰筋を「股関節を曲げる筋肉」とだけ覚えると、腰痛の評価で見落とすものがあります。腰椎にかかる剪断力と圧迫力です。

腰痛の患者さんで、腸腰筋が話題になることは多いです。

腸腰筋が硬い。腸腰筋を伸ばしましょう。腸腰筋をほぐしましょう。

こういう流れは現場でもよくあります。

ただ、腸腰筋を「硬いかどうか」だけで見ると、かなりもったいないです。

腸腰筋は股関節屈曲に関わるだけでなく、腰椎に対して圧迫力や剪断力を加える筋でもあります。

つまり、腰痛で腸腰筋を見るなら、伸ばす・押すの前に、腰椎にどんな力がかかっているのかを考えたいところです。

まなぶ先生
まなぶ先生

腸腰筋って、腰痛だと硬さやストレッチばかりに目が行きがちです。

瀬谷崎
瀬谷崎

硬さも見ます。ただ、腸腰筋は腰椎に力をかける筋です。そこを見ずに、硬いから伸ばす、痛いから押すで終わると臨床が浅くなります。

腸腰筋は「腰を曲げる筋」だけではない

腸腰筋は、大腰筋と腸骨筋を中心とした筋群です。

股関節屈曲の主力として説明されることが多く、解剖学の授業でもまずそこを覚えると思います。

しかし、大腰筋は腰椎の椎体や横突起に付着します。

そのため、股関節を曲げるだけでなく、腰椎にも直接力を加えます。

研究レビューでも、大腰筋は腰椎の安定性に関わる可能性がある一方で、圧迫力や剪断力を生み出す筋としても議論されています。

見方の転換

腸腰筋を「股関節屈筋」とだけ見ると、腰椎への負荷を見落とします。腰痛では、股関節の動きと腰椎への力をセットで見る必要があります。

腸腰筋が悪い、という話ではありません。

むしろ、腸腰筋は重要な筋です。

ただ、重要な筋だからこそ、雑に扱うと腰痛の解釈が崩れます。

前にずらす力、押し込む力

腸腰筋の腰椎への影響で押さえておきたいのは、前方剪断力と圧迫力です。

剪断力は、ざっくり言えば骨を前後にずらすような力です。

圧迫力は、椎間関節や椎間板方向へ押し込むような力です。

腸腰筋が強く働くと、腰椎には安定性に寄与する側面もありますが、同時に圧迫や剪断の負荷も生じます。

前方剪断力

腰椎を前方へずらす方向の力として考えます。腰椎の安定性が低い人では、負担として出ることがあります。

圧迫力

腰椎を押し込む方向の力です。筋活動が増えるほど、腰椎への圧縮負荷も増える可能性があります。

安定性

腸腰筋は腰椎安定化に関わる可能性があります。負荷をかけるだけの筋ではありません。

過剰な依存

腹部や殿筋群がうまく働かない時、腸腰筋に頼りすぎる動きになることがあります。

このあたりを考えずに「腸腰筋が硬いから伸ばす」とだけ進むと、腰痛の本質から離れることがあります。

痛みがある人に必要なのは、腸腰筋を悪者にすることではなく、腸腰筋がどの状況で働きすぎているのかを見ることです。

腹斜筋群は、腸腰筋の暴れ方を抑える

腸腰筋由来の腰部痛を考える時、腹斜筋群の活動は重要です。

腸腰筋が腰椎に前方剪断力や圧迫力を加えるなら、それをどう相殺するのかを考える必要があります。

そこで腹斜筋群を含めた体幹の制御が関わります。

腹斜筋群は体幹回旋に関わる筋として有名ですが、体幹を固める、骨盤を制御する、腰椎への負荷を分散するという意味でも重要です。

  • 腸腰筋を使う動作で腰が反る
  • 股関節を曲げる時に腰部が先に緊張する
  • 腹部で支えられず、腰背部で固める
  • 片脚挙上や腹筋運動で腰が痛くなる
  • 股関節屈曲時に骨盤が過剰に動く

こういう場合、腸腰筋をほぐすだけでは足りません。

腸腰筋が働く場面で、腹部がどれくらい制御できているかを見る必要があります。

臨床の分岐点

腸腰筋を弱めるのではなく、腸腰筋が働いても腰椎が崩れない状態を作る。腰痛では、この発想が大事です。

膝を曲げた腹筋でも、腸腰筋は普通に働く

腹筋運動で「膝を曲げれば腸腰筋は働かない」と思っている人もいるかもしれません。

でも、膝を曲げた腹筋運動であっても、腸腰筋は強く働くことがあります。

特に、上体を起こす動作で股関節屈曲が強く入ると、腹筋運動のつもりが腸腰筋の運動になっていることがあります。

腰痛の人に腹筋運動を指導する時は、この点に注意が必要です。

まなぶ先生
まなぶ先生

腹筋を鍛えようとして、逆に腰が痛くなる人がいます。

瀬谷崎
瀬谷崎

ありますね。腹筋運動のつもりでも、股関節屈曲で腸腰筋を使いすぎていることがあります。腰痛の人に雑な腹筋は出さない方がいいです。

腹筋を鍛えること自体が悪いわけではありません。

問題は、何を鍛えているのか分からないまま、腰痛の人に反復させることです。

腹部で制御できているのか。股関節屈筋で引っ張っているだけなのか。腰椎が過剰に反っていないか。

ここを見ずに「腹筋を鍛えましょう」と言うと、かえって腰痛を悪化させることがあります。

伸ばす前に、使い方を見る

腸腰筋が硬そうに見える時、ストレッチをしたくなる気持ちは分かります。

でも、腸腰筋が短縮しているのか、過緊張しているのか、腰椎を守るために働いているのか、股関節や体幹の制御不全を代償しているのかで、対応は変わります。

ただ伸ばすだけでは、必要な安定性まで落としてしまう可能性があります。

  • 股関節伸展時に腰椎伸展で代償していないか
  • 片脚挙上で腰部が先に固まらないか
  • 腹部の制御が抜けていないか
  • 殿筋群が働かず、腸腰筋に頼っていないか
  • 腹筋運動で股関節屈筋優位になっていないか
  • ストレッチ後に腰痛が軽くなるのか、逆に不安定になるのか

腸腰筋への介入は、ストレッチ、リリース、筋力トレーニング、運動制御のどれか一つで決めるものではありません。

どの状況で腸腰筋が問題になっているのかを見て、必要な介入を選ぶべきです。

腸腰筋を悪者にしない。ただ、雑に扱わない

腸腰筋は、腰痛の犯人として語られやすい筋です。

硬いから痛い。短いから痛い。だから伸ばす。だからほぐす。

でも、腸腰筋はそんなに単純ではありません。

股関節を曲げるだけでなく、腰椎に剪断力や圧迫力を加え、体幹や骨盤の制御とも関わります。

だからこそ、腸腰筋を見た時には「硬いかどうか」だけでなく、「どんな力を腰椎にかけているか」「何を代償しているか」「腹部や殿筋群はどう働いているか」まで見たいところです。

腸腰筋を悪者にしない。

でも、雑には扱わない。

腰痛を見るうえで、その距離感が大事です。

瀬谷崎
瀬谷崎

腸腰筋を触って変化が出ることはあります。ただ、それで終わると浅いです。腰椎にかかる力、腹斜筋群の制御、腹筋運動での代償まで見て、初めて腸腰筋を臨床で扱えると思います。

瀬谷崎将也
株式会社とんとん/とんとん整骨院 代表。臨床系セラピストスクール「ANOアカデミー」主宰。

とんとん整骨院 代表。柔道整復師として、都内に鍼灸整骨院4店舗・鍼灸院1店舗を運営。多くの患者と関わる中で、「痛み」や「慢性疼痛」への深い理解の必要性を痛感し、EBM(根拠に基づく医療)・バイオメカニクス・BPSモデル(生物心理社会モデル)を軸とした臨床を実践。その知見をもとに、臨床系セラピストスクール「ANOアカデミー」を主宰し、セミナー運営など施術者の育成・教育にも精力的に取り組んでいる。

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