笑顔が痛みを変えることがある。セラピストの会話が臨床に入る瞬間
瀬谷崎コラム
楽しい会話も、身体への介入になる
笑うと痛みが消える、という単純な話ではありません。ただ、患者さんが笑える空気、安心して話せる関係性、前向きになれる会話は、痛みの体験に影響する大事な臨床要素です。
セラピストの会話は、ただの雑談ではありません。痛みを軽く扱わず、患者さんの緊張をほどき、安心して動ける状態を作るなら、それも臨床力の一部です。
施術中の会話は、意外と軽く見られがちです。
症状の確認。
生活背景の聞き取り。
施術内容の説明。
もちろん、こうした情報のやり取りは大切です。
でも、それだけではありません。
患者さんが思わず笑う。
緊張が少し抜ける。
「この人なら話しても大丈夫そう」と感じる。
その瞬間、身体の反応が変わることがあります。
痛みは、組織だけで決まるものではありません。
不安、恐怖、注意、期待、安心感、関係性。
そうしたものも、痛みの強さや動きやすさに関わります。

まなぶ先生

瀬谷崎
笑いと痛みは、別々の話ではない
笑いと痛みは、関係がなさそうに見えます。
でも、痛みの調整には、脳や脊髄の働きが深く関わっています。
痛みの情報は、身体から脳へ上がっていくだけではありません。
脳から脊髄へ向かって、痛みを抑えたり、逆に強めたりする働きもあります。
これが下行性疼痛調節、または下行性疼痛抑制系と呼ばれる仕組みです。
この系には、内因性オピオイド、セロトニン、ノルアドレナリン、GABAなど、さまざまな神経伝達物質が関わります。
笑いや楽しい感情によって、痛みに対する耐性が変化する可能性も報告されています。
つまり、患者さんの情動や安心感は、痛みの調整と切り離せません。
「笑えば治る」という話ではありません。痛みは多因子であり、笑いはその一部に影響しうる要素として扱うのが現実的です。
βエンドルフィンと下行性疼痛抑制系
笑うことによって、βエンドルフィンなどの内因性オピオイドが関わる可能性があります。
内因性オピオイドは、体内で作られる鎮痛に関わる物質です。
痛みの調整に関わる中脳水道周囲灰白質、延髄吻側腹内側部、脊髄後角などの経路では、オピオイド系が重要な役割を持つと考えられています。
また、オピオイドがGABA作動性の抑制性介在ニューロンの働きを抑えることで、痛みを抑える下行性の経路が働きやすくなる、という考え方もあります。
少し難しく言えば、抑制を抑えることで、痛みを抑えるシステムが動きやすくなる、というイメージです。
痛みの臨床では、身体への刺激だけでなく、安心感、期待、笑い、関係性も、神経系への入力として考える必要があります。
ただし、こうした機序はかなり複雑です。
「笑ったからβエンドルフィンが出て、だから痛みがなくなった」と一直線に説明するのは、少し乱暴です。
臨床では、笑いそのものよりも、笑えるほど安心できる状況が作れているかを見る方が大事かもしれません。
会話で変わるのは、気分だけではない
患者さんとの会話は、気分をよくするためだけのものではありません。
痛みへの注意を少し外す。
「動いたら壊れるかも」という恐怖をやわらげる。
自分の身体に対する見方を変える。
施術者への信頼感を作る。
こうした変化は、痛みの体験に影響します。
慢性的な痛みでは、身体そのものの状態だけでなく、痛みへの予測や不安、過去の経験、生活上のストレスも関わります。
だから、説明や会話が患者さんを怖がらせることもあれば、安心させることもあります。
| 会話の要素 | 痛みに関わる可能性 | 臨床での注意点 |
|---|---|---|
| 安心感 | 過剰な警戒や筋緊張が下がりやすい | 根拠のない「大丈夫」は避ける |
| ユーモア | 注意や情動の切り替えに役立つことがある | 患者さんが笑える空気かを見極める |
| 説明 | 痛みへの解釈や行動選択に影響する | 怖がらせる断定表現を避ける |
| 傾聴 | 痛みを否定されていない感覚につながる | 話をまとめすぎず、困りごとを拾う |
ユーモアは、押しつけるものではない
ここで注意したいのは、ユーモアの使い方です。
患者さんを笑わせようとしすぎると、逆に負担になることがあります。
痛みで不安な人に対して、軽い冗談が「分かってもらえていない」と受け取られることもあります。
強い痛み、急性外傷、深刻な不安、医療機関での確認が必要なサインがある場合に、笑いで場を流してはいけません。
笑いは、痛みを否定するために使うものではありません。
患者さんが少し安心し、自分の身体に向き合いやすくなるための空気づくりとして使うものです。
「そんなに痛がらなくても」「気にしすぎですよ」「笑えば治りますよ」といった言葉は、患者さんの痛みを軽く扱う印象を与えることがあります。痛みを尊重した上で、安心できる関わりを作ることが大切です。
笑顔を引き出す力も、臨床力の一部
セラピストの臨床力というと、検査や手技、運動指導を思い浮かべる人が多いと思います。
もちろん、それらは大切です。
ただ、患者さんの表情が変わるような関わりも、同じくらい大事です。
痛みを抱えた人は、身体だけでなく、生活にも不安を持っています。
仕事は続けられるのか。
運動していいのか。
この痛みはずっと残るのか。
そういう不安が強い状態では、身体は守りに入りやすくなります。
そこで、患者さんが少し笑える。
少し肩の力が抜ける。
「動いてみようかな」と思える。
この変化は、臨床上かなり大きいと思います。
- 患者さんの痛みをまず受け止める
- 怖がらせる説明より、行動につながる説明を選ぶ
- 笑わせようとするより、安心して話せる空気を作る
- 患者さんの反応を見ながら言葉の温度を調整する
- 会話、説明、表情、声のトーンも臨床の一部として扱う
とんとん整骨院が大切にしていること
とんとん整骨院では、痛みを身体だけの問題として扱わないようにしています。
もちろん、身体評価は大切です。
どこが痛いのか。
どんな動きで痛むのか。
危険なサインはないのか。
それらを確認した上で、患者さんが何に困っているのか、何を不安に感じているのかも見ます。
施術中の会話も、その人を知るための大事な時間です。
笑顔が出るなら、それは単に楽しいだけではありません。
緊張がほどけ、安心感が生まれ、回復へ向かう準備が整ってきているサインかもしれません。
痛みを否定しない。怖がらせすぎない。必要な評価は行う。その上で、患者さんが少し前を向けるような会話と説明を大切にしています。
痛みへの不安が強い方へ
痛みが続くと、身体のことだけでなく気持ちも疲れてきます。
「このまま悪くなるのではないか」と不安になることもあります。
そういう時は、痛い場所だけでなく、痛みによって何ができなくなっているのか、何を怖いと感じているのかも含めて相談してください。
- 痛みが不安で動くのが怖い
- 検査で異常がないと言われたが痛みが続く
- 説明を聞くほど怖くなってしまった
- 痛みで仕事や趣味を控えるようになった
- 身体の状態と向き合い方を一緒に整理したい
会話も、痛みの環境を変える
痛みの臨床では、手で触れること、動きを見ること、運動を指導することが大切です。
でも、それだけではありません。
どんな言葉をかけるか。
どんな表情で話すか。
患者さんが安心して笑える空気を作れるか。
そうした一つひとつも、痛みの環境を変える要素です。
笑いを治療法として過大評価する必要はありません。
ただ、笑顔を引き出せる関わりを軽く見る必要もありません。
あらゆるコミュニケーションが痛みに関連している。
そう考えると、日々の会話も、立派な臨床力だと思います。

瀬谷崎
参考
- Dunbar RIM, et al. Social laughter is correlated with an elevated pain threshold. Proc Biol Sci. 2012.
PubMed - Lau BK, Vaughan CW. Descending modulation of pain: the GABA disinhibition hypothesis of analgesia. Curr Opin Neurobiol. 2014.
PubMed - Endogenous opioid peptides in the descending pain modulatory circuit.
PMC - Cellular and circuit diversity determines the impact of endogenous opioids in the descending pain modulatory pathway.
PMC












