接骨院の「保険請求」は何をしているのか。療養費・申請・受領委任払いを整理する
瀬谷崎コラム
伝わりやすい言葉と、正確な言葉を分けて考える
接骨院や整骨院で「保険請求」という言葉はよく使われます。ただし、制度を正確に理解するなら、本来は「療養費」「申請」「受領委任払い」という言葉で整理した方がいい場面があります。
不正請求を断罪する前に、まず言葉を整理します。言葉が曖昧なままだと、制度の理解も、柔道整復師への批判も、現場の倫理もズレていきます。
とんとん整骨院のサイトでも、患者さんに伝わりやすいように「保険」「保険請求」という言葉を便宜上使うことがあります。
日常会話としては、その方が伝わりやすいからです。
ただし、制度を正確に説明する場面では、その言葉だけでは足りません。
柔道整復師が扱うものは、病院での保険診療と同じ「医療費」ではなく、原則として「療養費」です。
また、整骨院が何かを勝手に「請求している」というより、本来は患者さんが行う療養費の申請について、受領委任払いという仕組みを通じて、施術所が手続きを担っている構造があります。
このあたりを曖昧にしたまま「保険請求」「不正請求」とだけ言ってしまうと、話がかなり雑になります。

まなぶ先生

瀬谷崎
まず押さえたい4つの言葉
最初に、この記事で使う言葉を整理します。
細かい制度論をすべて説明するためではなく、整骨院の療養費をめぐる話を、雑にしないための最低限の整理です。
患者さんがいったん費用を支払い、あとから保険者へ申請して支給を受ける性質の給付です。柔道整復師の施術に関する制度では、この療養費が中心になります。
療養費は、制度上は患者さん側が保険者へ支給を求めるものです。したがって「請求」という言葉だけで考えるより、「申請」として整理した方が構造を理解しやすくなります。
患者さんが窓口で一部負担金を支払い、残りの療養費については施術所が患者さんから委任を受けて保険者へ申請・受領する仕組みです。
実際には来院していない、施術していない、負傷していない部位を申請するなど、虚偽の内容で療養費を得ようとする行為を指すことが多い言葉です。ただし、使われ方には幅があります。
患者さん向けには「保険」「保険請求」と表現した方が伝わりやすい場面があります。ただ、制度を説明する時や業界内で議論する時は、正確な言葉に戻る必要があります。
病院の保険診療と同じものとして見ない
病院で保険証を出して診療を受ける場合、多くの人は「保険診療」として理解しています。
一方、柔道整復師の施術に関する療養費は、その構造が少し違います。
本来は、患者さんが施術費を支払い、その後に保険者へ療養費を申請するという考え方です。
ただ、それを毎回患者さん自身が行うのは現実的に大変です。
そこで、受領委任払いという形で、患者さんの委任を受けた施術所が手続きを担います。
この仕組みがあるため、患者さんから見ると「整骨院で保険を使った」と感じやすくなります。
その感覚自体は自然です。
ただし、制度上の構造まで「病院と同じ保険診療」として扱ってしまうと、議論がズレます。
療養費の対象は、何でもいいわけではない
柔道整復師の施術に関する療養費は、すべての肩こり、腰痛、慢性症状に広く使える制度ではありません。
一般的には、骨折、脱臼、打撲、捻挫、挫傷など、外傷性の負傷として扱われるものが中心になります。
骨折や脱臼については、応急手当を除き、医師の同意が必要になる扱いもあります。
一方で、現場で難しいのは、「これは外傷性の負傷なのか」「単なる慢性的な不調なのか」という判断です。
柔道整復師には医師のような診断権はありません。
ただし、療養費を取り扱ううえで、目の前の症状が療養費の対象になる外傷性の負傷として整理できるかを判断する必要があります。
ここを理解しないまま、「柔整師は診断権がないのに捻挫と書くのはおかしい」と言うと、制度の構造を見誤ります。
逆に、柔道整復師側が「判断できるのだから何でも外傷として扱っていい」と考えるのも危険です。
柔道整復師が医師の診断をするわけではありません。ただ、療養費の申請に必要な範囲で、負傷名や外傷性の有無を整理する実務上の判断は避けて通れません。
「不正請求」は3つに分けて考える
不正請求という言葉は、かなり強い言葉です。
ただ、その言葉で指しているものが人によって違うことがあります。
ここを分けずに話すと、療養費制度そのものを批判しているのか、虚偽申請を批判しているのか、単に自分と違う判断を批判しているのかが分からなくなります。
- 明らかな水増し・架空の申請来院していない日を来院したことにする、施術していない部位を施術したことにする、実際には負傷していない部位を申請する。これは制度以前に、虚偽の内容でお金を受け取ろうとする問題です。
- 外傷ではないと分かっていながら外傷として申請する施術者自身が外傷性の負傷ではないと分かっているのに、負傷名や負傷原因を作って申請するケースです。いわゆる部位転がしも、この文脈で問題になります。
- 外部からは外傷に見えにくいが、施術者が根拠を持って外傷性と判断したケース客観的には肩こりや慢性症状に見えるものでも、発症様式や所見から柔道整復師が外傷性の負傷として判断する場合があります。このケースを、外部から即座に不正と決めつけるのは危険です。
問題が分かりやすいのは、1つ目です。
来ていない、やっていない、負傷していないものを申請するなら、かなり明確にアウトです。
難しいのは、2つ目と3つ目です。
外部から見た時に、両者は似て見えることがあります。
本当は慢性症状だと思っているのに、外傷として処理しているのか。
それとも、所見と経過から外傷性の負傷として整理できると判断しているのか。
外からだけでは分からないことがあります。
外部から見える不自然さと、実際の虚偽は違う
ある申請が外部から見て不自然に見えることはあります。
ただし、不自然に見えることと、虚偽であることは同じではありません。
保険者が返戻することも、不支給と判断することもあります。
しかし、それだけで直ちに「その柔道整復師が不正をした」とは言えません。
柔道整復師は療養費の対象だと判断した。
保険者はそう判断しなかった。
そういうズレが起きることはあります。
もちろん、だから何でも許されるわけではありません。
むしろ外部から見えにくいからこそ、記録、説明、判断の根拠が重要になります。
「捻挫」と書くことの意味も整理したい
柔道整復療養費の申請では、骨折、脱臼、打撲、捻挫、挫傷といった負傷名で整理します。
ここでの負傷名は、療養費を申請するための呼称としての側面があります。
たとえば、肩関節の外傷性の問題があったとして、臨床的には関節唇損傷を疑う場面があるかもしれません。
その時に、療養費申請上は肩関節捻挫として整理されることがあります。
それだけをもって「病態を理解していない」「不正だ」と断じるのは、少し乱暴です。
一方で、何でも捻挫に寄せればいいという話でもありません。
外傷性の負傷として整理するなら、その根拠が必要です。
いつ、どのような力が加わり、どんな所見があり、なぜその負傷名として扱うのか。
ここを説明できないまま申請しているなら、制度上の問題以前に、臨床家としてかなり危ういと思います。
制度の穴より、倫理の穴が問題になる
不正請求の話になると、制度の穴をどう塞ぐかという議論になりがちです。
もちろん制度の整備は大切です。
ただ、制度をどれだけ細かくしても、その隙間を探す人はいます。
そして制度が厳しくなれば、その負担はまっとうに療養費を扱っている柔道整復師にもかかります。
だから、制度だけでなく、業界の空気も重要です。
虚偽の申請をすることが恥ずかしい。
患者さんに説明できない請求をすることが格好悪い。
若手に嘘の負傷原因を書かせることが、治療家として終わっている。
そういう感覚が、業界の中で当たり前になった方がいいと思っています。
療養費制度そのものを否定したいわけではありません。問題は、制度を悪用し、患者さんにも若手にも説明できない仕事を積み重ねることです。
このサイトで「保険」と書く時の前提
このサイトでも、患者さんに分かりやすく伝えるために「保険」「保険請求」という言葉を使うことがあります。
ただ、その言葉を使う時も、裏側では療養費、申請、受領委任払いという制度構造を忘れないようにしたいです。
言葉は入口です。
入口の言葉が雑でも、患者さんとの会話では伝わることがあります。
でも、制度を扱う側まで雑な理解で止まってしまうと、説明も記録も判断も雑になります。
だからこそ、便宜上の言葉と、正確な言葉を分けておく必要があります。
迷った時は、説明できるかに戻る
療養費の申請で迷った時、最後に戻るべきなのは「説明できるか」だと思います。
患者さんに説明できるか。
カルテに残せるか。
保険者から確認された時に、判断の根拠を示せるか。
家族や後輩に、自分の仕事として胸を張って話せるか。
ここに耐えられない申請なら、かなり危ないです。
制度の言葉を正しく使うことは、ただの言葉遊びではありません。
患者さんへの説明を守ることでもあり、若手の教育を守ることでもあり、柔道整復師という仕事の信用を守ることでもあります。

瀬谷崎
参考
- 厚生労働省. 柔道整復師の施術に係る療養費について.
https://www.mhlw.go.jp/bunya/iryouhoken/iryouhoken13/01.html - 厚生労働省. 柔道整復師の施術に係る療養費の様式一覧.
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryouhoken/ryouyouhi_youshiki01.html













