「俺が治した」と言う前に。症状が良くなった理由はひとつではない
瀬谷崎コラム
その改善、本当にあなたの施術だけで起きましたか?
患者さんの症状が良くなった時、つい「自分の介入が効いた」と考えたくなります。でも、改善の理由はいつも一つとは限りません。
患者さんの症状が改善した。
痛みが減った。
動きが良くなった。
生活が楽になった。
これは臨床家として嬉しい瞬間です。
ただ、その時にすぐ「俺が治した」と思ってしまうのは、少し危ういです。
もちろん、施術や説明や運動指導が改善に関与した可能性はあります。
でも、その改善が自分の意図したメカニズムだけで起きたと決めるには、かなり慎重である必要があります。

まなぶ先生

瀬谷崎
意図したメカニズムで良くなったとは限らない
例えば、ある部位を緩めたら痛みが減ったとします。
その時、「筋肉が硬かったから、緩んで痛みが減った」と説明したくなるかもしれません。
でも実際には、別のメカニズムで変化している可能性があります。
触れられたことによる安心感。
痛みに対する注意の変化。
広汎性侵害抑制調節のような鎮痛反応。
患者さんが「動いても大丈夫かもしれない」と感じたことによる運動恐怖の低下。
つまり、同じ結果が出ていても、こちらが頭の中で描いていた理屈とは違うルートで改善していることがあります。
結果が出たことと、自分の説明したメカニズムが正しかったことは同じではありません。ここを混同すると、うまくいった経験ほど思考を雑にします。
睡眠や生活背景で変わる痛みもある
痛みは、組織だけで決まるものではありません。
睡眠、ストレス、仕事の負荷、人間関係、家庭環境、活動量、気分、痛みに対する考え方。
こういった要因によって、症状の感じ方は変わります。
前回より痛みが減っていたとしても、それは施術だけの成果とは限りません。
よく眠れたからかもしれない。
仕事の山場が終わったからかもしれない。
家族との不安が少し落ち着いたからかもしれない。
逆に、施術内容は良くても、睡眠不足や強いストレスで症状が悪化することもあります。
だからこそ、改善も悪化も、身体の一部だけで説明しすぎない方がいいです。
時間経過で良くなるものを、全部自分の手柄にしない
症状の中には、時間経過で自然に改善していくものもあります。
急性腰痛、軽い捻挫、筋肉痛、日常的な負荷による一時的な痛み。
もちろん適切な介入によって回復を助けられることはあります。
ただ、何もしなくても一定の経過で良くなっていた可能性は残ります。
ここを見ずに「自分が治した」と思い込むと、自然経過を自分の技術だと誤認します。
そして、その誤認は次の患者さんへの説明や介入に影響します。
本来は過剰な介入が必要ない患者さんにも、同じ成功体験を当てはめてしまうかもしれません。
自然に良くなる力を、自分の技術として回収しすぎると、臨床家はどんどん傲慢になります。
バイオリズムの波に乗っただけかもしれない
痛みや不調には波があります。
良い日もあれば、悪い日もあります。
同じ生活をしていても、昨日より楽な日がある。
逆に、特別なことをしていなくても痛みが強い日がある。
慢性痛では特に、この波を見落とすと判断を誤ります。
たまたま良いタイミングで介入した結果、改善したように見えることがあります。
たまたま悪いタイミングで介入した結果、悪化したように見えることもあります。
だから、一回の変化だけで「この手技が効いた」「この運動は合わない」と決めつけるのは危険です。
- 介入直後だけでなく、数日後も変化が続いているか
- 症状の波の中で、たまたま良い日だった可能性はないか
- 睡眠やストレスなど、同時に変わった要因はないか
- 説明や安心感によって、動き方が変わった可能性はないか
- 自然経過として改善していた可能性はないか
結果が出た時ほど、視野を広げる
臨床では、うまくいかなかった時には反省します。
でも、うまくいった時ほど検証が甘くなります。
結果が出ると、自分の仮説が正しかった気がしてしまうからです。
ただ、結果が出たことは、仮説が正しかったことを自動的には意味しません。
「良くなった」のは事実。
でも、「なぜ良くなったのか」はまだ仮説です。
この距離感を持てると、臨床は少し冷静になります。
患者さんが良くなったことを喜ぶのと、自分が治したと断定することは違います。前者は大切ですが、後者は慎重でありたいところです。
謙虚さは、自信のなさではない
「自分の施術だけで良くなったとは限らない」と考えることは、自信がないという意味ではありません。
むしろ、臨床を丁寧に見ているということです。
自分の介入が役に立った可能性を認める。
同時に、それ以外の要因も見落とさない。
この両方が必要です。
患者さんの改善を自分の手柄だけにしないことは、患者さんの身体や生活の力を尊重することでもあります。
治療家は、改善のきっかけを作れるかもしれません。
でも、患者さんが良くなる過程には、患者さん自身の回復力や生活の変化も必ず関わっています。

瀬谷崎












