患者さんにとって施術者は一人だけ。慣れた頃に忘れやすい臨床の緊張感
瀬谷崎コラム
何人対応しても、その人にとっては一対一
施術者にとっては、今日対応する患者さんの一人かもしれません。でも患者さんにとっては、大切な時間とお金と身体を預ける相手です。その重みは、経験を積むほど意識しておきたいものです。
その人は、今日の予約に時間を空けて来ている
患者さんは、ふらっと身体を置きに来ているわけではありません。
仕事の予定を調整したり、家事の合間を作ったり、子どもの予定をずらしたり、移動時間をかけたりして来院しています。
そこには当然、お金もかかります。
そして何より、自分の身体を誰かに預けるという不安もあります。
施術者にとっては、数百人いる患者さんの中の一人かもしれません。
でも、その患者さんにとって、目の前の施術者はその時間に向き合うたった一人の専門家です。
ここを忘れると、臨床の空気は少しずつ軽くなります。
軽くなるというのは、明るくなるという意味ではありません。
緊張感が薄れるという意味です。

まなぶ先生

瀬谷崎
患者さんは、大切な時間とお金と身体を預けています。施術者側が慣れている症状でも、患者さんにとっては不安や期待を持って来院している一回です。
中堅になるほど、慣れが出る
新人の頃は、患者さん一人ひとりに対して緊張します。
問診ひとつ、検査ひとつ、説明ひとつに迷いながら、それでも必死に考えます。
経験が浅いぶん、余裕はありません。
その代わり、目の前の患者さんに向き合う感覚は強く残りやすいです。
一方で、中堅になると少し変わります。
症状のパターンを知っている。
よくある訴えに慣れている。
説明の型もある。
手技も一通りできる。
それ自体は成長です。
ただ、その成長の裏側で、「この感じならいつもの流れでいいだろう」と処理してしまう危うさも出てきます。
分からなさによる不安
経験が少ないため判断に迷いやすく、評価や説明がぎこちなくなることがあります。
分かったつもりによる慣れ
よくある症状として処理し、患者さん固有の不安や背景を見落としやすくなることがあります。
「よくある症状」と「その人の症状」は違う
腰痛、肩こり、膝痛、しびれ。
どれも臨床でよく出会う症状です。
だからこそ、施術者側は慣れます。
しかし、患者さんにとっては「よくある症状」ではなく、「自分の生活を困らせている症状」です。
朝起きる時に痛い。
仕事中に不安になる。
趣味を我慢している。
子どもを抱っこするのが怖い。
また悪くなるのではないかと考えてしまう。
同じ病名や同じ部位の痛みでも、患者さんごとに困っている場面は違います。
そこを見ずに、施術者側の経験だけで「いつものパターン」に入れると、患者さんの本当の困りごとに届かなくなります。

まなぶ先生

瀬谷崎
真剣勝負は、気合いの話だけではない
患者さん一人ひとりに真剣勝負で向き合う。
こう言うと、精神論のように聞こえるかもしれません。
もちろん、気持ちは大切です。
ただ、真剣勝負は気合いだけの話ではありません。
目の前の患者さんに対して、必要な確認を省かないこと。
分からないことを分かったふりで埋めないこと。
過去の経験だけで決めつけないこと。
患者さんの言葉を、ただの情報ではなく、その人の生活の文脈として聞くこと。
こうした積み重ねが、臨床の緊張感を作ります。
- いつもの症状だと思っても、発症経過を確認する
- 痛い場所だけでなく、困っている動作を聞く
- 施術者の予想と患者さんの不安がずれていないか確認する
- 説明が患者さんの行動につながる言葉になっているか見直す
患者さんは、施術者の慣れを感じ取る
患者さんは、意外と施術者の空気を感じ取ります。
流れ作業になっているか。
本当に話を聞いているか。
説明がその人に向けられているか。
施術がただの手順になっていないか。
言葉にしなくても、そうした雰囲気は伝わります。
そして、患者さんは大切なお金と時間を使っています。
身体を預けています。
その場で文句を言わないから満足しているとは限りません。
何も言わずに離れていくこともあります。
だからこそ、慣れた頃ほど、自分の態度を疑う必要があります。
患者さんが何も言わないことを、満足と決めつけない。中堅になるほど、技術だけでなく、自分の態度や説明の温度を見直す必要があります。
初心に返るとは、下手だった頃に戻ることではない
初心に返るという言葉があります。
これは、経験を捨てることではありません。
新人の頃のように何も分からない状態へ戻ることでもありません。
経験を積んだ上で、目の前の患者さんを軽く扱わないことです。
知識も技術もある。
症状のパターンも分かる。
それでも、「この人にとっては今日が大事な一回かもしれない」と思えること。
それが、臨床における初心なのだと思います。
慣れてはいけないのではありません。
慣れた上で、雑にならないことが大切です。
一人ひとりに向き合うことが、臨床の質を支える
臨床の質は、特別な技術だけで決まるわけではありません。
問診の聞き方、検査の選び方、説明の仕方、施術中の観察、次回までの伝え方。
そのすべてに、目の前の患者さんをどう見ているかが出ます。
たくさんの患者さんに対応するほど、効率は必要になります。
型も必要になります。
でも、型に患者さんを押し込めるのではなく、患者さんを見るために型を使う。
そこを間違えないことが大切です。
患者さん一人ひとり全員に、毎回まったく同じ熱量を完璧に保つことは簡単ではありません。
それでも、その意識を失った瞬間から、臨床は少しずつ雑になっていきます。

瀬谷崎













