「患者さんが納得していればいい」は本当か。頚椎スラストとインフォームド・コンセントの考え方
瀬谷崎コラム
納得は、説明の後にしか成立しない
「患者さんが納得しているなら、それでいい」。この言葉は一見正しそうですが、必要な情報を伝えないまま得た納得は、自己決定とは呼びにくいものです。
納得は、都合の良い説明で作るものではありません。メリット、デメリット、代替手段、不確実性を伝えた上で、患者さんが選べる状態を作ることが大切です。
臨床の現場では、よくこういう言葉を聞きます。
「患者さんが納得していれば、それでいいじゃないですか」
たしかに、患者さんの納得は大切です。
患者さんの意思を無視して、施術者が勝手に方針を決めるのはよくありません。
ただし、その納得が成立するためには前提があります。
患者さんが自己決定できるだけの情報を受け取っていることです。

まなぶ先生

瀬谷崎
「納得している」は、免罪符ではない
「患者さんが納得している」という言葉は、時に施術者側の都合よく使われます。
本当は、メリットしか伝えていない。
リスクはかなり小さく見せている。
他の選択肢があることを伝えていない。
それでも患者さんが同意したから問題ない、と考えてしまう。
これは、インフォームド・コンセントとしてはかなり危うい状態です。
患者さんの納得は、説明を省略するための言葉ではありません。患者さんが選ぶための情報を、施術者が誠実に出した後に成立するものです。
整骨院の現場でも、施術や通院計画を提案する場面はあります。
その時に必要なのは、「患者さんが納得した」という結果だけではありません。
どんな情報を渡した上で、患者さんが選んだのか。
ここまで含めて考える必要があります。
最低限、伝えるべき情報がある
患者さんが自己決定するためには、少なくとも次の情報が必要です。
- その介入で期待できるメリット
- その介入に伴うデメリットやリスク
- 他の介入という選択肢
- 他の介入のメリットとデメリット
- 何もしない、様子を見る、医療機関で確認するという選択肢
- 現時点で分かっていることと、分からないこと
もちろん、毎回すべてを長々と説明する必要はありません。
ただ、患者さんの身体に一定のリスクを伴う介入をするなら、説明の濃度は上げるべきです。
特に、強い刺激、急激な操作、首への介入、症状悪化の可能性がある介入では、「納得しているからいい」では済ませにくくなります。
メリットだけでなく、リスクと代替手段を伝える。患者さんが「それでも選ぶ」「別の方法にする」と判断できる状態を作ることが、納得の前提です。
頚椎スラストを例に考える
分かりやすい例として、頚椎へのスラストを考えます。
頚椎のスラストを全否定できるかというと、そこには議論があります。
一方で、頚部への急激な操作には、重篤な有害事象が報告されてきたことも事実です。
厚生労働省の通知でも、カイロプラクティック療法に含まれる手技のうち、頚椎に急激な回転伸展操作を加えるスラスト法について、危険性の高い行為として扱う必要がある旨が示されています。
また、厚生労働省eJIMでも、頚部を中心に行う脊椎マニピュレーションと頚部動脈解離との関連が注意点として紹介されています。
短時間で症状の変化を感じる可能性があること。ただし、その変化が長期的な改善を意味するとは限らないこと。
首への急激な操作には、稀でも重大な有害事象が報告されていること。リスクの大きさや因果関係には議論があること。
運動療法、低リスクな徒手介入、生活動作の調整、経過観察、医療機関での確認など、他の選択肢があること。
「ズレています」「すぐ治ります」「うちは安全です」のように、根拠の薄い断定で患者さんを誘導する説明。
ここまで説明した上で、患者さんが本当に選ぶのか。
そこまで含めて初めて、「患者さんが納得している」に近づきます。
代替できるなら、積極的に選ぶ理由は弱くなる
頚椎スラストの議論で大事なのは、リスクがゼロかどうかだけではありません。
患者さんに提供できるベネフィットが、より安全な介入で代替できるかどうかです。
もし運動療法や低リスクな徒手介入、説明やセルフケアで十分に対応できるなら、あえて頚椎へ急激な操作を行う理由は弱くなります。
とんとん整骨院では、この考え方から頚椎スラストを積極的に使う理由はないと考え、院内では使用しません。
「危険だから絶対に全て悪い」と単純化するより、リスク、ベネフィット、代替手段を比べた時に、積極的に選ぶ理由があるかを考えます。
臨床では、派手な変化が出る介入ほど魅力的に見えることがあります。
しかし、患者さんにとって必要なのは、施術者の技術を見せることではありません。
できるだけ安全に、納得して、必要な方向へ進めることです。
説明の順番と表現で、患者さんの選択は変わる
情報提供で難しいのは、同じ内容でも伝え方によって印象が変わることです。
たとえば、リスクを強調すれば、患者さんはその施術を避けやすくなります。
逆に、「非常に稀です」「当院では起きたことがありません」「多くの方が変化を実感しています」と伝えれば、リスクは小さく見えやすくなります。
どちらも、施術者側の意図が入り込む可能性があります。
インフォームド・コンセントは、患者さんを自分の望む選択へ誘導するための説明ではありません。
だからこそ、説明には自分のバイアスが入るという前提を持つ必要があります。
自分がやりたい介入のメリットを大きく見せていないか。
自分が避けたい介入のリスクだけを強く言いすぎていないか。
逆に、都合の悪い情報を伏せていないか。
このあたりを自分で疑う必要があります。
「うちは大丈夫」は根拠にならない
頚椎スラストに限らず、リスクの話をすると「うちは大丈夫です」と返ってくることがあります。
しかし、「うちは大丈夫」は根拠ではありません。
過去に事故が起きていないことは、今後も起きないことの証明にはなりません。
まして、リスクのある介入を行うなら、そのリスクをどう評価し、どう説明し、どう代替手段を提示するかが問われます。
- 安全だと言える根拠があるか
- リスクを患者さんに伝えているか
- 代替手段を提示しているか
- 患者さんの不安や希望を確認しているか
- 自分に都合の悪い情報も伝えているか
この確認がないまま、「患者さんが納得しているからいい」と言うのは危険です。
それは患者さんの自己決定というより、施術者側が作った納得かもしれません。
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納得してもらう前に、選べる材料を渡す
「患者さんが納得していればいい」という言葉は、半分正しいです。
ただし、それは患者さんが選ぶための情報を持っている場合に限ります。
メリットだけを伝えた納得。
リスクを小さく見せた納得。
代替手段を伝えないままの納得。
それらは、本当の意味での自己決定とは言いにくいです。
臨床家がやるべきことは、患者さんを自分の望む選択へ誘導することではありません。
患者さんが選べるだけの材料を、できるだけ誠実に渡すことです。

瀬谷崎
参考資料
- 厚生労働省. 医業類似行為に対する取扱いについて
- 厚生労働省eJIM. 脊椎マニピュレーション
- Ernst E. Adverse effects of spinal manipulation: a systematic review. J R Soc Med. 2007.
- Swait G, Finch R. What are the risks of manual treatment of the spine? Chiropr Man Therap. 2017.












