インピンジメントと呼ばないで。肩峰下痛症候群(SAPS)で考える肩の痛み

肩の痛みを「ぶつかっている」で終わらせない

肩が痛い理由を「ぶつかっているから」と決めつけると、評価も説明も狭くなります。いまは、肩峰下痛症候群(SAPS)として広く捉える視点が重要です。

肩峰下インピンジメント症候群から肩峰下痛症候群への用語変更

肩峰下インピンジメント症候群ではなく、Subacromial pain syndrome(肩峰下痛症候群)という用語が推奨されていることを示した図。

肩の痛みは、骨と腱板がぶつかるだけで説明できるとは限りません。「インピンジメント」という言葉が、病態の決めつけにつながることがあります。

肩を挙げると痛い。

引っかかる感じがある。

腕を横から上げる途中でズキッとする。

こうした症状に対して、昔からよく使われてきた言葉が「肩峰下インピンジメント症候群」です。

インピンジメントは、直訳すると「衝突」や「挟み込み」に近い意味です。

つまり、肩峰の下で腱板や滑液包がぶつかって痛みが出ている、というイメージを持たせる言葉です。

一見すると分かりやすい説明です。

ただし、分かりやすい言葉ほど、臨床では注意が必要です。

本当に痛みの原因が「衝突」なのか。

その名前が、患者さんやセラピストの思考を狭めていないか。

ここを考える必要があります。

まなぶ先生
まなぶ先生

インピンジメントって、肩で何かがぶつかって痛いという意味ですよね。

瀬谷崎
瀬谷崎

そういう説明として使われてきました。ただ、その言葉だけで痛みの原因を決めつけると、評価も介入もかなり雑になりやすいです。

インピンジメントという言葉が持つ強さ

肩峰下インピンジメント症候群は、1972年にニアーによって提唱された概念として知られています。

当初は、烏口肩峰アーチの下で、肩峰下滑液包や腱板との間に衝突が起こるという考え方が中心でした。

その後、インピンジメントという言葉は広がっていきます。

肩峰と腱板の接触だけでなく、関節窩と腱板、関節唇、烏口突起など、さまざまな接触や挟み込みを含むように使われるようになりました。

つまり、インピンジメントという言葉は、かなり幅広く使われている言葉です。

その一方で、患者さんに伝わる印象はとても強いです。

「ぶつかっている」と言われた患者さんは、自分の肩の中で何かが壊れ続けているように感じるかもしれません。

言葉には力があります。

「衝突している」

「挟まっている」

「削れている」

こうした説明は、患者さんに身体の異常を強くイメージさせます。

実際に構造的な問題が関わる場合もあります。

ただ、肩の痛みをそれだけで説明してしまうと、痛みの複雑さを見落とすことがあります。

肩峰下痛症候群(SAPS)という名前が推奨される理由

近年は、肩峰下インピンジメント症候群ではなく、Subacromial pain syndrome、つまり肩峰下痛症候群(SAPS)という名称が推奨されています。

理由はシンプルです。

「インピンジメント」という言葉では、痛みの原因を衝突現象に寄せすぎてしまうからです。

SAPSは、肩峰下領域に関連する痛みを広く捉えるための用語です。

「何かがぶつかっているから痛い」と最初から決めるのではなく、「肩峰下領域に関連した痛みとして、何が関わっているのかを評価する」という考え方に近くなります。

用語の違い

インピンジメントは「衝突」を連想させます。SAPSは「肩峰下領域の痛み」として広く捉えるため、病態を決めつけにくい言葉です。

これは単なる名前の好みではありません。

名前が変わると、評価の順番も変わります。

インピンジメントと呼ぶと、どうしても「どこでぶつかっているのか」を探したくなります。

SAPSと呼ぶと、「肩峰下周囲の痛みを起こしている要素は何か」と広く考えやすくなります。

この差は、臨床ではかなり大きいです。

「ぶつかっているから痛い」と決めつけない

肩の痛みでは、腱板、滑液包、関節包、筋力、運動制御、姿勢、作業負荷、睡眠、痛みに対する不安など、複数の要素が関わります。

もちろん、肩峰下の機械的なストレスが全く関係ないと言いたいわけではありません。

問題は、「インピンジメント」という名前だけで、痛みの原因を一つに決めてしまうことです。

例えば、画像で腱板の変性が見つかったとしても、それが今の痛みの主原因とは限りません。

徒手検査で痛みが出ても、それだけで「ぶつかっている」と断定できるわけではありません。

肩の痛みは、所見を組み合わせて考える必要があります。

言葉 起こりやすい思考 より良い見方
インピンジメント 何かがぶつかっているから痛い 肩峰下領域の痛みとして原因を広く評価する
腱板が挟まっている 構造が壊れ続けていると感じやすい 症状、機能、負荷、生活背景を合わせて見る
骨が当たっている 動かすことへの恐怖が強まりやすい 安全な範囲で動かしながら反応を確認する

患者さんに「ぶつかっている」と説明すると、肩を動かすことが怖くなる場合があります。

怖くなると、動かさなくなります。

動かさなくなると、筋力や可動域が落ち、さらに痛みが長引くことがあります。

だから、説明は慎重に行う必要があります。

SAPSで見ると、評価が広がる

SAPSという言葉で考えると、肩の痛みを一つの構造だけに閉じ込めずに済みます。

肩峰下周囲の痛みとして捉えながら、複数の要素を確認できます。

  • 痛みが出る動作や角度
  • 夜間痛や安静時痛の有無
  • 筋力低下や可動域制限の程度
  • 腱板症状、滑液包炎、石灰沈着などの可能性
  • 頚椎や神経症状の関与
  • 仕事やスポーツでの反復負荷
  • 痛みへの不安や動作回避

このように見ていくと、介入も変わります。

ただ肩峰下を広げるような発想だけではなく、負荷調整、運動療法、可動域の再獲得、筋力や協調性の改善、生活動作の見直しなどを組み合わせて考えやすくなります。

名前を変えることは、思考を変えることでもあります。

臨床で大事なこと

SAPSは「原因が分からないから曖昧にする言葉」ではありません。肩峰下領域の痛みを、衝突だけに限定せず評価するための言葉です。

患者さんへの説明も変わる

肩の痛みを説明する時、患者さんに恐怖を植えつける言葉は避けたいところです。

例えば、次のように言い換えることができます。

避けたい説明 起こりやすい不安 言い換え例
肩の中で腱が挟まっています 動かすと腱が傷つくと思いやすい 肩の周囲に痛みが出やすい状態です。動かし方と負荷を調整していきます
骨がぶつかっているから痛いです 構造的に壊れていると感じやすい 痛みが出る範囲があります。まずは安全に動かせる範囲を増やします
このままだと削れて悪化します 過度な警戒と動作回避につながる 悪化させないために、今の負荷と動き方を一緒に整理しましょう

患者さんに安心してもらうことは、甘い説明をすることではありません。

痛みの状態を正しく伝えながら、過剰な恐怖を作らないことです。

肩の痛みは、必要以上に「壊れている感」を出すと、かえって動作回避につながることがあります。

だからこそ、説明は臨床の一部です。

まなぶ先生
まなぶ先生

患者さんには「インピンジメントです」と言わない方がいいですか?

瀬谷崎
瀬谷崎

言葉そのものより、どう説明するかが大事です。ただ「ぶつかっているから痛い」と単純化するなら、SAPSとして広く捉え直した方がいいと思います。

SAPSは、逃げの言葉ではなく広く見るための言葉

「インピンジメント」という言葉は、肩の痛みを説明する上で長く使われてきました。

ただ、その言葉は「衝突している」というイメージを強く持たせます。

そして、そのイメージが、評価や説明を狭めることがあります。

SAPSは、肩峰下領域の痛みをより広く捉えるための言葉です。

構造を無視するための言葉ではありません。

むしろ、構造だけに閉じ込めないための言葉です。

肩の痛みを、腱板、滑液包、運動制御、負荷、生活背景、痛みへの不安まで含めて考える。

その入口として、SAPSという用語はかなり有用だと思います。

見方を変える

肩の痛みを「ぶつかっている」と説明する前に、本当にその説明で患者さんの理解と行動が良くなるのかを考えたいところです。

肩の痛みを、名前で決めつけない

肩峰下インピンジメント症候群という言葉は、分かりやすい言葉です。

しかし、分かりやすさは時に危うさにもなります。

「ぶつかっているから痛い」

「挟まっているから治らない」

「動かすと削れる」

こうした説明は、患者さんの不安を強めることがあります。

肩の痛みは、もっと多面的に評価する必要があります。

だから、インピンジメントという名前だけに頼らず、SAPSとして広く捉える。

その方が、患者さんにも臨床家にも、少し誠実な見方になると思います。

瀬谷崎
瀬谷崎

肩の痛みを「インピンジメント」と呼ぶと、どうしても衝突のイメージが強くなります。SAPSとして捉えることで、評価も説明も少し広く、丁寧にできると思います。

瀬谷崎将也
株式会社とんとん/とんとん整骨院 代表。臨床系セラピストスクール「ANOアカデミー」主宰。

とんとん整骨院 代表。柔道整復師として、都内に鍼灸整骨院4店舗・鍼灸院1店舗を運営。多くの患者と関わる中で、「痛み」や「慢性疼痛」への深い理解の必要性を痛感し、EBM(根拠に基づく医療)・バイオメカニクス・BPSモデル(生物心理社会モデル)を軸とした臨床を実践。その知見をもとに、臨床系セラピストスクール「ANOアカデミー」を主宰し、セミナー運営など施術者の育成・教育にも精力的に取り組んでいる。

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