説明しただけでは足りない。患者-医療者関係の4つのモデルとSDM
瀬谷崎コラム
患者さんに任せることと、患者さんと決めることは違う
医療者が決めるか、患者さんが決めるか。その二択だけで考えると、治療方針のすり合わせはうまくいきません。
患者-医療者関係における4つのモデル。パターナリズム、情報提供、解釈、協議の違いを整理した図です。
説明したから同意、患者さんが選んだから自己責任、では不十分です。臨床では、情報と価値観をすり合わせて、一緒に決める関係性が重要になります。
治療方針を決める時、医療者と患者さんの関係性はとても大きく影響します。
同じ説明をしても、患者さんが納得して前向きに取り組める場合もあれば、不安だけが残る場合もあります。
同じ選択肢を提示しても、「自分で選べてよかった」と感じる人もいれば、「結局、丸投げされた」と感じる人もいます。
つまり、問題は情報量だけではありません。
誰が、どのように、何を一緒に決めるのか。ここまで含めて、臨床のコミュニケーションだと思います。

まなぶ先生

瀬谷崎
医療者が決める時代から、患者さんが選ぶ時代へ
かつての医療では、医療者が治療方針を決め、患者さんはそれに従う関係性が強くありました。
いわゆるパターナリズムです。
もちろん、緊急性が高い場面や、患者さんが判断できない状況では、医療者が強く主導する必要があります。
だから、パターナリズムがいつでも悪いという話ではありません。
ただ、患者さんの価値観や希望をほとんど考慮せず、「専門家が正しいから従ってください」という関係性には大きな問題があります。
その反省から、説明と同意、つまりインフォームド・コンセントが重視されるようになりました。
医療者が勝手に決める時代から、患者さんが情報を受け取り、自分で選ぶ時代へ。これは大きな前進でした。
しかし、ここにも落とし穴があります。
情報を渡すことと、患者さんを良い意思決定へ導くことは同じではありません。
4つのモデルは、誰が何を決めるかの違い
エマニュエルらは、患者-医療者関係を4つのモデルとして整理しました。
それぞれの違いをざっくり言うと、医療者がどこまで関わり、患者さんがどのように意思決定するかの違いです。
パターナリズムモデル
医療者:保護者として、患者さんにとって良いと考える方針を決める。
患者さん:医療者の決定に同意する。
注意点:患者さんの価値観や生活背景が軽視されやすい。
情報提供モデル
医療者:専門技術者として、必要な情報を提供する。
患者さん:情報をもとに自分で選ぶ。
注意点:医療者が意思決定から離れ、丸投げになりやすい。
解釈モデル
医療者:相談役として、患者さんの価値観を引き出して整理する。
患者さん:自分の価値観を明確にして選ぶ。
注意点:価値観の整理に留まり、専門家としての提案が弱くなることがある。
協議モデル
医療者:対話を通じて、医学的情報と価値観のすり合わせを行う。
患者さん:医療者と一緒に考え、納得できる方針を選ぶ。
注意点:時間と対話力が必要になる。
現在、共同意思決定として注目されているSDMは、この協議モデルに近い考え方です。
医療者が一方的に決めるわけでもなく、患者さんに全部任せるわけでもありません。
専門家としての情報と、患者さんが大事にしている価値観を合わせて、一緒に治療方針を決めていきます。
インフォームド・コンセントが責任回避になる時
インフォームド・コンセントは、とても大切です。
説明しない。選択肢を示さない。リスクを伝えない。これは論外です。
ただ、説明したからそれで十分とは言えません。
たとえば、専門知識のない患者さんに複数の選択肢を並べて、「どれにしますか」と聞くだけでは、患者さんは困ってしまいます。
しかも医療者側が、あとから「選んだのは患者さんです」と言えてしまう。
これは説明と同意の形を取りながら、実際には医療者が意思決定の責任から離れている状態です。
説明することは責任の一部です。ただし、説明だけして判断を丸投げすることは、専門家としての責任を果たしたことにはなりません。
臨床では、患者さんが何を大切にしているのかを聞く必要があります。
痛みを早く下げたいのか。仕事に戻りたいのか。費用を抑えたいのか。通院回数を少なくしたいのか。再発予防までやりたいのか。
この価値観が分からないまま、選択肢だけ並べても、治療方針はうまく決まりません。
SDMは、患者さんに迎合することではない
SDMは、患者さんの希望を全部採用することではありません。
患者さんが「今日だけ揉んでくれればいい」と言ったから、必要な評価も説明もせずに揉む。
患者さんが「通えない」と言ったから、リスクや代替案を伝えずに終わる。
これは共同意思決定ではなく、ただの迎合です。
逆に、医療者が「これが正しいから通ってください」と押し切るのも違います。
SDMでは、医療者が専門家として推奨を持ちます。
その上で、患者さんの生活や価値観とすり合わせます。
共同意思決定は、患者さんに丸投げすることでも、医療者が押し切ることでもありません。情報と価値観を一緒に扱うための対話です。
時には、医療者が患者さんを説得する必要もあります。
もちろん脅したり、支配したりすることではありません。
ただ、患者さんの選択が明らかに不利益につながる可能性があるなら、専門家として止める、伝える、別の選択肢を提案する。
そこまで含めて、臨床の責任だと思います。
治療院でSDMをどう使うか
治療院の現場でも、SDMはかなり実践的に使えます。
特に、慢性痛、再発予防、運動療法、通院頻度、セルフケアの継続などは、患者さんの価値観や生活背景を抜きにして決められません。
医療者側がどれだけ正しい計画だと思っても、患者さんの生活に乗らなければ続きません。
- まず、患者さんが何に困っているのかを具体的に聞く
- 評価結果を、患者さんが理解できる言葉で説明する
- 選択肢ごとのメリット、デメリット、見通しを伝える
- 患者さんが大事にしたいことを確認する
- 専門家として推奨する方針を明確に伝える
- 合意した方針を実行し、途中で再評価する
ポイントは、患者さんに「どうしますか」と聞くだけで終わらないことです。
こちらの見立てと推奨を伝えた上で、患者さんの事情と合わせて現実的な治療計画に落とし込む。
このプロセスがあると、患者さんは「言われたから通う」ではなく、「自分も納得して選んだ」と感じやすくなります。

まなぶ先生

瀬谷崎
説明と同意から、対話と合意へ
説明することは大切です。
同意を得ることも大切です。
でも、患者さんが本当に納得しているかどうかは、説明量だけでは決まりません。
その人が何を不安に思っているのか。どんな生活をしているのか。どこまでなら通えるのか。何を一番優先したいのか。
こうした情報を聞かずに、治療方針を決めることはできません。
臨床で大切なのは、患者さんの希望を聞くだけでも、医療者の正解を押し付けるだけでもありません。
医療者の専門性と、患者さんの価値観を同じテーブルに乗せることです。
問診、検査、説明、治療計画、セルフケア指導。このすべてで、患者さんが何を大切にしているかを確認するだけで、方針の伝わり方は大きく変わります。
患者さんを導く責任から逃げない
パターナリズムから脱却することは大事です。
ただ、その反動で「情報は出しました。あとは患者さんが決めてください」となると、別の問題が起こります。
患者さんは、医学的な知識を持っているわけではありません。
不安な状態で来院し、痛みや生活の制限を抱えながら判断しようとしています。
だからこそ医療者は、情報を渡すだけではなく、選択肢の意味を一緒に整理する必要があります。
そして必要な時には、専門家として「私はこの方針をおすすめします」と言う責任があります。
SDMは、優しい接遇の話ではありません。
患者さんを尊重しながら、専門家として逃げずに関わるための臨床の型です。

瀬谷崎
症状の見立てや治療方針について相談したい方は、無理に一人で判断せずご相談ください。状態や生活背景を確認した上で、現実的な進め方を一緒に整理します。












