87歳の円背は変えられるか。高齢の患者さんに組む現実的な姿勢運動プログラム
セラピスト向け
背中が丸くなった87歳男性。胸郭から足元まで、運動をどの順で組むか
胸椎の後弯が強い87歳の男性。自分で伸ばすことはできるのに、疲れてくると元の丸い背中に戻ってしまう。とんとんが治療家向けに続けているオンラインカンファレンスに実際に挙がった相談をもとに、高齢の方の姿勢へ、どこまで、どの順で運動を組むかを考えます。
相談されたのは87歳の男性です。胸椎の後弯が強く、亀背とまでは言えないものの、背中の丸まりがはっきり出ています。自動での伸展は可能ですが、施術のあと疲れてくると、また後弯位に戻ってしまう経過でした。ご本人の望みは、自分で伸ばせる状態を保って生活していくことです。
背景がひとつあります。去年、自転車で転倒して肋骨を骨折しているのです。長く後弯位で過ごしてきた影響もあってか、肋骨はおそらく内旋位に落ちており、ポンプハンドルモーション(肋骨が前上方に開く動き)もバケットハンドルモーション(側方に開く動き)も出にくい状態でした。
趣味はヘラブナ釣りで、前かがみのまま、あたりを待つ時間が長い生活です。
- 胸椎の後弯が強いが、自動での伸展は保たれている
- 施術後、疲れてくると後弯位に戻ってしまう
- 去年、自転車転倒による肋骨骨折の既往がある
- 肋骨はおそらく内旋位で、胸郭の広がる動きが出にくい
まなぶ先生
教子先生
瀬谷崎胸郭から。タオルを使った肋骨のモビライゼーションと段階づけ
担当者がすでに行っていたのは、タオルを入れて肋骨に合わせたモビライゼーションで胸郭の可動性をつけること。そのうえで、横向き(側臥位)で脊柱起立筋を賦活し、自分で起きてもらう自動運動、チューブを持って引いてもらう運動へと段階を上げていきます。
他動で動きをつくり、低い負荷の収縮から自動運動へつなげていく。この段階づけを続けるなかで、少しずつ収縮が出てきている感触があると、担当者は話していました。胸椎後弯の評価の全体像は猫背(胸椎後弯)の評価の記事で扱っています。
高齢の方の胸郭へのモビライゼーションには、骨折させてしまわないかという抵抗感が検討の場でも語られました。一方で本例は自動での伸展が可能です。自分の力で動かせる範囲があるなら、リスクはそれほど高くないだろうという見立てでした。
頭を上に伸ばす意識と、代償の許し方
本例には、頭部が前方に出た姿勢や僧帽筋上部線維の硬さといった、上位交差性症候群(首や肩の筋バランスの崩れ)に近い所見もあり、硬くなった僧帽筋上部にはまずリラクセーションを行います。
検討で挙がったのが、エロンゲーション、つまり頭を上へ伸ばす意識づけです。ピラティスで使われる考え方で、この意識を持たせながら背筋のトレーニングを一緒に行う、という組み合わせが提案されました。
座位では、骨盤を起こした状態で背中を支え、腕や目線を上げながら自力で身体を起こしてもらいます。起立筋だけを狙う運動は高齢の方には難しいこともあり、僧帽筋上部などの代償は気にしすぎず、上に伸びる方向を優先してよいのでは、という意見も出ました。
上半身だけでは弱い。骨盤の前傾を出す下半身のプログラム
瀬谷崎の見立ては、上半身のエクササイズだけでは改善が弱い印象がある、というものでした。骨盤の後傾が残ったままでは、胸椎だけ伸ばしても姿勢の全体は変わりにくい。そこで、骨盤の前傾を出すプログラムを加えます。
ひとつは、座位で骨盤を立てる運動。この動きで大殿筋と腸腰筋の両方の収縮を促せる、というのが瀬谷崎の説明でした。あわせて、ハイボルト(高電圧電気刺激)で大殿筋と腸腰筋を賦活する方法が挙がりました。この2筋の賦活は施術前後の変化が出やすい、というのは検討の場で共有された臨床印象です。
骨盤の後傾は、股関節でみれば伸展位です。ハムストリングスを緩めたうえで、殿筋群、具体的には大殿筋と中殿筋後部のトレーニングを加えていきます。
まなぶ先生
教子先生
瀬谷崎足元まで見る。踵重心とヒラメ筋のトレーニング
さらに足元です。骨盤が前方へ移動しながら後傾する、いわゆるスウェーバック(骨盤が前に出て上体が後ろに引けた立ち姿勢)が気になる方なら、足関節は背屈位が続いているはず、という見方が示されました。この場合はヒラメ筋のトレーニングも入れます。
背景にあるのは荷重の位置です。踵重心になってつま先に体重を乗せられないと、骨盤を前方へ移動させて重心線を合わせるような姿勢を取りがちになる。だから姿勢の相談でも、下腿から手を入れることが結構多い、という説明でした。
検討で挙がった要素を並べると、次のようになります。
- タオルを使った肋骨のモビライゼーションで胸郭の可動性をつける
- 側臥位で起立筋を賦活し、自動運動、チューブを引く運動へ段階づけ
- 僧帽筋上部のリラクセーションと、頭を上に伸ばす意識づけ
- 座位で骨盤を立てる運動と、ハイボルトでの大殿筋・腸腰筋の賦活
- ハムストリングスを緩めて、大殿筋・中殿筋後部のトレーニング
- 踵重心でつま先に荷重できない場合は、ヒラメ筋のトレーニングを追加
ゴールは「今より少し良い姿勢」と生活のしやすさ
87歳という年齢を考えると、負荷のかけ方は慎重になります。実際、ヒップリフト(仰向けでお尻を持ち上げる運動)を試したところ途中で攣ってしまったといい、一度でも攣るのは普段その筋を使えていないサインとも読めます。無理なく、ご本人が嫌にならない程度に続ける方針になりました。
期間の見立ても、1年といった単位でゆっくりです。円背を完全に伸ばすことより、今より少し良い姿勢で自分で伸ばせる状態を保ち、趣味の釣りを楽しめる生活を続けること。目標はそこに置きます。ご本人は気力に満ちていて、担当者も長く付き合う構えです。
なお、高齢の方の背中の丸まりには、圧迫骨折が隠れていることがあります。丸まりが急に進んだ場合や痛みを伴う場合は、施術より先に医療機関での確認を勧めてください。疑うときの見方は圧迫骨折を疑うときの検査の記事で扱っています。
瀬谷崎





