手根管症候群は、手首の中だけ見ても詰まる。掌屈位と日常動作から正中神経を見る
瀬谷崎コラム
手首を曲げたまま使う人は、手技だけでは変わりにくい
手根管症候群っぽい症状がある。その時に、手首だけを揉む、前腕だけを緩める、神経だけを滑らせる。そこだけで終わると、日常動作という本丸を見落とすことがあります。
手根管症候群では、症状が出ている手だけでなく、手をどう使っているかを見る必要があります。とくに手関節の掌屈位、握る動作、ピンチ動作、仕事や家事のクセは、症状の戻りやすさに関わる重要な情報です。
手根管症候群は、正中神経が手根管内で絞扼されることで、しびれや痛み、感覚異常、母指球筋の機能低下などが生じる病態です。
ただ、臨床で難しいのは「手根管で絞扼されているかどうか」だけではありません。
なぜその人の症状が戻るのか。
なぜ施術直後は良くても、仕事や家事をするとまた悪化するのか。
そこを考えると、手関節の肢位と日常動作を見ないわけにはいきません。

まなぶ先生

瀬谷崎
手根管の内圧は、手首の角度で跳ね上がる
手根管は、正中神経と腱が通る狭いトンネルです。
この内圧は、手関節の肢位によって大きく変わります。
報告によって数値には幅がありますが、正常な手根管内圧は低く保たれており、手関節の屈曲や伸展によって圧が大きく上がることが知られています。
つまり、手根管症候群の人が、日常的に手関節を曲げたまま握る・つまむ・作業する場合、正中神経への負担は増えやすいと考えられます。
ここで大事なのは、患者さんに「手を使うな」と言うことではありません。
手は使う必要があります。
だからこそ、使い方を少し変える必要があります。
症状が強い時期ほど、手関節を強い掌屈位に入れたまま力を入れる動作は、いったん減らす、分散する、道具を変える、姿勢を変える。
こういう地味な調整が、手技より効くことがあります。
「どんな作業で悪くなるか」ではなく「どんな形で使っているか」
手根管症候群の症状がなかなか変わらない時、作業内容だけを聞いても足りないことがあります。
パソコンですか。家事ですか。仕事で手を使いますか。
こう聞くだけだと、情報が粗い。
同じパソコン作業でも、手首を浮かせている人、手首を強く曲げている人、指だけで力んでいる人、肩をすくめている人では、負担のかかり方が違います。
同じ家事でも、包丁の持ち方、洗濯物の絞り方、鍋の持ち方、掃除機の握り方で手首の肢位は変わります。
「朝から夜までの動作を聞いて、実際にやってもらったら、あらゆる動作で手関節を屈曲させていた」というケースがあります。その後、日常生活動作を変えただけで症状が大きく減った。こういう経験をすると、手技だけ見ていた自分を殴りたくなります。
臨床では、患者さんに動作を口で説明してもらうだけでなく、実際に再現してもらうことが大切です。
ペンを持ってもらう。
スマホを操作してもらう。
バッグを持ってもらう。
仕事でよく使う動作をその場でやってもらう。
そこに症状の戻りやすさの答えが落ちていることがあります。
母指球の感覚異常は、少し慎重に扱う
手根管症候群は正中神経の絞扼性障害ですが、感覚の見方には注意が必要です。
正中神経の掌枝は、手根管より近位で分岐し、手根管を通らずに母指球部周辺の皮膚感覚に関わります。
そのため、典型的な手根管症候群では、母指球部の皮膚感覚は比較的保たれやすいとされています。
もし母指球部にも明らかな感覚異常があるなら、手根管内だけで説明してよいのか、より近位の正中神経障害や別の病態を含めて考える必要があります。
- 母指、示指、中指、環指橈側のしびれや感覚異常があるか
- 夜間や朝方に症状が強くなるか
- 手を振ると楽になるような訴えがあるか
- 母指球部の感覚異常まで出ていないか
- 母指球筋の萎縮やつまみ動作の低下がないか
- 頚部、肘、前腕など、より近位の神経障害を疑う所見がないか
もちろん、症状だけで完全に決め切ることはできません。
必要に応じて、医療機関での神経伝導検査や画像評価、専門的な診断が必要になります。
整骨院の役割は、疾患名を断定することではなく、「これは手根管だけで見ていて大丈夫か」を丁寧に見極めることです。
Double Crushを、便利な逃げ道にしない
手のしびれを見る時、Double Crush Syndromeという考え方が出てくることがあります。
簡単に言えば、神経のどこか一か所だけではなく、頚椎や末梢など複数の部位で負荷が重なり、症状に影響している可能性を考える視点です。
頚椎症性神経根症と手根管症候群の合併などは、臨床でも意識しておきたい組み合わせです。
ただし、Double Crushは便利な言葉であるぶん、雑に使うと危険です。
「首も手首も悪そうだからDouble Crushですね」と言うだけでは、何も評価していないのと変わりません。
Double Crushは、複数部位の可能性を開くための概念であって、評価を省略するためのラベルではありません。頚部、肩甲帯、肘、前腕、手関節、日常動作を見たうえで、どこが主に症状へ関与しているのかを探る必要があります。
手根管症候群っぽい症状があるからといって、手首だけを見ない。
でも、Double Crushっぽいからといって、何でも首のせいにしない。
このバランスが大切です。
外出が減って、痛みに敏感になることもある
手根管症候群そのものの局所的な評価に加えて、生活全体の活動量も無視できません。
定年や在宅時間の増加、外出機会の減少、コロナ禍のような環境変化が重なると、歩く量や人と関わる量が減り、痛みへの注意が向きやすくなることがあります。
局所の絞扼があるとしても、痛みの感じ方や症状への過敏さは、身体活動や生活背景の影響を受けます。
だから、手根管症候群でも有酸素運動や活動量の確保が意味を持つことがあります。
これは「歩けば手根管が治る」という話ではありません。
局所の負担を減らしつつ、生活全体の活動量を落としすぎない。
その方が、痛みやしびれに飲み込まれにくい身体の状態を作りやすいという話です。
手技で勝つ前に、生活動作で負けていないか
手根管症候群を見る時、手技や神経モビライゼーション、前腕部への介入が役立つ場面はあります。
ただ、それだけでは足りないケースも多いです。
手関節の掌屈位での作業。
握る、つまむ、支える、押す、持つという日常動作。
母指球部の感覚異常の有無。
頚椎や前腕など、より近位での神経障害の可能性。
活動量の低下や痛みへの過敏さ。
これらを見ずに「手根管ですね」と進めると、介入はかなり狭くなります。
症状が出ている場所だけでなく、症状が戻されている生活まで見る。
そこまで含めて、ようやく手根管症候群の臨床が少し現実に近づくのだと思います。

瀬谷崎












