梨状筋症候群と呼ぶ前に。DGS(深殿部症候群:Deep Gluteal Syndrome)という名前が臨床を広げる理由
セラピスト向け
お尻の奥の症状を、梨状筋だけに閉じ込めない
お尻から脚にかけての坐骨神経痛を、すぐ梨状筋の問題だと考えていないでしょうか。その名前が、評価の視野を狭めている可能性があります。
1999年にMcCroryとBellがDeep gluteal syndromeという用語を推奨。現在は深殿部スペースでの圧迫を伴う非椎間板性坐骨神経障害として整理されています。
梨状筋症候群という名前は、原因を梨状筋に固定してしまうリスクがあります。DGS(深殿部症候群)という言葉は、殿部周辺の坐骨神経痛をより広く、慎重に評価するための入口になります。
梨状筋症候群は、学校でも習う有名な疾患名です。
殿部の痛みや下肢への放散痛があると、「梨状筋が坐骨神経を圧迫しているのではないか」と考える人も多いと思います。
実際、臨床でも「梨状筋を緩めましょう」「梨状筋が硬いから坐骨神経痛が出ています」と説明される場面は少なくありません。
ただ、この名称には大きな問題があります。
それは、症状の原因が梨状筋であると、名前そのものが決めつけてしまうことです。
殿部周辺で坐骨神経が刺激される病態は、梨状筋だけで説明できるとは限りません。
内閉鎖筋、双子筋、ハムストリング、線維性バンド、坐骨大腿インピンジメント、医原性の問題など、原因はもっと広く考える必要があります。

まなぶ先生

瀬谷崎
疾患名が、臨床推論を狭めることがある
疾患名は便利です。
患者さんに説明しやすい。
スタッフ間で共有しやすい。
介入方針を立てやすい。
しかし、名前が便利すぎると、逆に評価を止めてしまうことがあります。
「梨状筋症候群」と聞いた瞬間に、梨状筋ストレッチ、梨状筋リリース、殿部へのアプローチに思考が固定される。
これが一番怖いところです。
名前が原因を決めつけると、評価はそこで止まります。
本来であれば、殿部から下肢にかけての症状があった時には、まず腰椎由来なのか、非椎間板性の坐骨神経障害なのか、殿部深層での絞扼なのか、別の病態なのかを整理する必要があります。
ところが、最初から「梨状筋症候群」と呼んでしまうと、梨状筋が原因であるかのように話が進みます。
これは、患者さんへの説明にも影響します。
「あなたは梨状筋が悪いです」と言ってしまえば、患者さんも梨状筋だけを問題視します。
すると、本来見るべき評価が抜け、介入も狭くなります。
梨状筋症候群という名前は、昔から曖昧だった
梨状筋と坐骨神経痛の関連は、1928年に初めて報告されたとされています。
その後、1947年にRobinsonが「梨状筋症候群」という用語を用いました。
しかし、当時から病態は明確ではありませんでした。
外傷によるものと考える研究者もいれば、梨状筋のオーバーユースを想定する研究者もいました。
つまり、言葉は有名でも、定義や病態は最初からかなり曖昧だったわけです。
1998年には、理学療法士を対象とした研究で「そもそも梨状筋症候群の診断が存在するかどうかさえ議論の余地がある」とされています。
梨状筋症候群という名前があるからといって、梨状筋が原因だと確定できるわけではありません。名前の知名度と病態の明確さは別問題です。
この曖昧さがあるまま、臨床では「梨状筋症候群だから梨状筋に介入する」という流れが生まれます。
しかし、梨状筋由来ではない坐骨神経痛であれば、その介入は的外れになる可能性があります。
もちろん梨状筋が関与するケースを否定する必要はありません。
問題は、梨状筋だけを見てしまうことです。
DGS(深殿部症候群)は、梨状筋だけに原因を閉じ込めない言葉
こうした背景から、1999年にMcCroryとBellは「梨状筋症候群」ではなく、Deep gluteal syndrome、つまりDGSという用語を使うことを推奨しました。
DGSは日本語では「深殿部症候群」と呼ばれます。
現在では、深殿部スペースでの圧迫を伴う非椎間板性坐骨神経障害として整理されています。
この言葉の良いところは、原因を梨状筋だけに限定しないことです。
殿部深層で坐骨神経が障害される病態を、より広く捉えることができます。
| 呼び方 | 起こりやすい解釈 | 臨床上のリスク |
|---|---|---|
| 梨状筋症候群 | 梨状筋が坐骨神経を圧迫している | 梨状筋以外の病因を見落としやすい |
| DGS | 深殿部スペースでの非椎間板性坐骨神経障害 | 複数の病因を鑑別する必要がある |
| 坐骨神経痛 | 症状の名前として使われやすい | 原因疾患を特定した気になりやすい |
名前を変えるだけで治療が変わるわけではありません。
しかし、名前が変わると、評価のスタート地点が変わります。
「梨状筋が悪いのではないか」から始めるのではなく、「深殿部で坐骨神経を障害しうる要因は何か」と考えられるようになります。
この差は、臨床ではかなり大きいです。
DGSで考えたい複数の病因
DGSの病因としては、梨状筋だけでなく、さまざまな要因が挙げられています。
たとえば、線維性バンド、双子筋・内閉鎖筋複合体、坐骨大腿インピンジメント、ハムストリング、外傷、医原性の要因などです。
2017年のシステマティックレビューでは、坐骨神経絞扼の原因として、医原性のもの、梨状筋によるもの、外傷、梨状筋以外の閉鎖筋の筋病変などが報告されています。
その中で、梨状筋によるものは約25.8%とされています。
この数字をどう読むかが大切です。
梨状筋が関係するケースはあります。
ただし、梨状筋だけで説明できないケースの方が多い可能性があるということです。
- 線維性バンドによる坐骨神経の絞扼
- 梨状筋による坐骨神経障害
- 双子筋・内閉鎖筋複合体の関与
- 坐骨大腿インピンジメント
- ハムストリング由来の症状
- 外傷や医原性の要因
- 血管、嚢胞、腫瘤などのまれな要因
もし殿部から下肢への症状をすべて「梨状筋症候群」として扱うと、これらの病因が視界から消えます。
そして、梨状筋に対する介入を続けても症状が変わらない時に、「患者さんの生活習慣が悪い」「ストレッチが足りない」といった説明に流れてしまうことがあります。
これは臨床の責任を患者さん側に押しつける危険な流れです。
臨床では、梨状筋を見ないのではなく、梨状筋だけで終わらせない
DGSという言葉を使うからといって、梨状筋を見なくてよいわけではありません。
梨状筋も評価します。
ただし、それだけで終わらせません。
腰椎由来の症状ではないか。
深殿部スペースでの絞扼を疑う所見があるか。
座位で悪化するか。
股関節周囲の動きや筋出力で症状が変わるか。
ハムストリングや坐骨周囲の症状はないか。
対診が必要なレッドフラッグはないか。
こうした要素を合わせて見ます。
DGSは、梨状筋を否定する言葉ではありません。梨状筋だけに原因を閉じ込めず、殿部深層の坐骨神経障害を広く評価するための言葉です。
患者さんへの説明も変わります。
「梨状筋が硬いからです」と言い切るよりも、「お尻の深いところで坐骨神経が刺激されている可能性があります。ただし原因は梨状筋だけとは限らないので、腰や股関節周囲も含めて確認します」と説明する方が誠実です。
断言しすぎないことは、逃げではありません。
むしろ、評価を広く保つための臨床的な態度です。
言葉を変えることは、見立てを変えること
疾患名の変更は、ただの言い換えではありません。
言葉には、臨床家の視野を決める力があります。
「梨状筋症候群」と呼べば、梨状筋に目が向きます。
「DGS」と呼べば、深殿部スペース全体に目が向きます。
この違いは、評価にも介入にも影響します。

まなぶ先生

瀬谷崎
現場では、昔ながらの言葉の方が伝わりやすいこともあります。
患者さんが「梨状筋症候群と言われた」と来院することもあります。
その時に、言葉を否定する必要はありません。
ただ、臨床家の頭の中では、DGSという広い枠組みに置き換えて評価した方が安全です。
これは、患者さんの言葉を尊重しながら、見立てを狭めないための工夫です。
梨状筋に飛びつく前に、鑑別する
殿部から下肢にかけての痛みやしびれは、臨床でよく出会う訴えです。
だからこそ、分かりやすい名前に飛びつきやすいです。
梨状筋症候群。
坐骨神経痛。
ヘルニア。
これらの言葉は便利ですが、便利な言葉ほど評価を止める危険があります。
大切なのは、名前をつけることではなく、何が起きているかを絞り込むことです。
腰椎由来なのか。
非椎間板性の坐骨神経障害なのか。
深殿部での絞扼なのか。
梨状筋なのか、それ以外なのか。
この順番で考えるだけでも、介入の質は変わります。
梨状筋症候群と呼ぶ前に、DGSという枠組みで考える。これだけで、梨状筋以外の要因を見落とすリスクを下げられます。
名前ではなく、病態を見る
梨状筋症候群という名前は、有名です。
しかし、有名な名前が正確な病態を表しているとは限りません。
むしろ、その名前があることで、臨床家の思考が梨状筋に固定される可能性があります。
DGSという言葉は、梨状筋を否定するためのものではありません。
梨状筋だけで説明できない殿部由来の坐骨神経障害を、より広く評価するためのものです。
患者さんの症状を一つの筋肉に押し込めない。
名前で分かった気にならない。
病態を丁寧に鑑別する。
この姿勢が、殿部から下肢にかけての症状を見るうえで大切だと思います。

瀬谷崎
お尻から脚にかけての痛みやしびれでお悩みの方は、店舗ページからお問い合わせください。













