解剖学で説明できそうな痛みほど、断定に気をつけたい理由

「説明できる気がする」ときほど、一度立ち止まる

解剖学は、臨床に欠かせない大事な土台です。ただし、図で説明できることと、患者さんの痛みの原因を特定できたことは同じではありません。ここを混ぜると、もっともらしい言葉ほど危なくなります。

施術で変化が出たことと、想定した仕組みで変化したことは別です。「硬膜に効いた」「神経が緩んだ」と言いたくなる場面ほど、結果と機序を分けて考える必要があります。

施術の世界では、解剖学を使った説明がよく出てきます。

肩甲骨がこう動くから肩が上がらない。骨盤がこう傾くから腰が痛い。神経が引っ張られているからしびれる。硬膜や筋膜の緊張が影響している。

こういう説明は、聞いていて分かりやすいです。図も描きやすいし、患者さんにも伝わりやすい。施術者側も「なるほど」と思いやすい。

ただ、分かりやすい説明には落とし穴があります。

少し辛口に言うと、解剖学的にそれっぽく説明できることを、そのまま原因の特定として扱ってしまう人は少なくありません。

まなぶ先生
まなぶ先生

解剖学に合っている説明なら、かなり正しそうに聞こえますよね。

瀬谷崎
瀬谷崎

そこが怖いところです。合っていそうに見える説明と、実際にその機序で起きているかは分けて考えた方がいいです。

解剖学は大事。でも万能の答えではない

まず前提として、解剖学はとても大事です。

筋肉、関節、神経、血管、靭帯、膜組織などを知らずに身体を見るのは危険です。触れる場所、動かす方向、避けるべき刺激、医療機関での確認が必要な可能性を考えるうえでも、解剖学は欠かせません。

ただ、解剖学を知っていることと、痛みの原因を言い切れることは別です。

たとえば「この筋肉が硬いから痛い」「この関節の動きが悪いから症状が出ている」と説明したくなる場面はあります。実際に、そこに関与を疑う所見があることもあります。

でも、それはあくまで評価の参考です。他の所見と合わせて総合的に見る材料であって、単独で原因を決めるものではありません。

解剖学は地図としては強い。ただし、地図を見ただけで、いま渋滞している理由まで全部分かるわけではありません。

「触った」「変わった」「だから原因」はつながりそうでつながらない

施術で症状が変わることはあります。

首を触ったら頭痛が軽くなった。腰まわりを調整したら脚のしびれ感が変わった。神経の滑走を意識した運動で症状が落ち着いた。こういう臨床上の変化は、現場では珍しくありません。

ただし、ここで注意したいのは、変化が出たことと、想定した組織に直接効いたことは別だという点です。

たとえば、硬膜や神経を狙った施術をしたとして、症状が変わったとします。そこで「硬膜が緩んだから」「神経を直接伸ばせたから」と断定するには、かなり大きな飛躍があります。

皮膚、筋膜、筋肉、関節、圧刺激への反応、安心感、期待、施術中の姿勢変化、呼吸、痛みへの注意の向き方。症状が変わる理由はひとつではありません。

起きたこと 言ってよい範囲 慎重にしたい言い方
施術後に痛みが軽くなった 刺激後に症状の変化が見られた 原因組織が特定できた、とまでは言い切らない
神経を意識した運動でしびれ感が変わった 神経系の関与を疑う参考になる 神経そのものを直接緩めた、と断定しない
硬膜を狙った手技で楽になった その考え方で介入したら変化が出た 硬膜を触知して操作できた、と言い切らない
解剖学的に説明がつく 仮説としては考えられる 説明できるから正しい、と短絡しない
施術後に痛みが軽くなった

言ってよい範囲:刺激後に症状の変化が見られた。

慎重にしたい言い方:原因組織が特定できた、とまでは言い切らない。

神経を意識した運動でしびれ感が変わった

言ってよい範囲:神経系の関与を疑う参考になる。

慎重にしたい言い方:神経そのものを直接緩めた、と断定しない。

硬膜を狙った手技で楽になった

言ってよい範囲:その考え方で介入したら変化が出た。

慎重にしたい言い方:硬膜を触知して操作できた、と言い切らない。

解剖学的に説明がつく

言ってよい範囲:仮説としては考えられる。

慎重にしたい言い方:説明できるから正しい、と短絡しない。

臨床では、変化を出すこと自体は大事です。患者さんが楽になることも大事です。

ただ、その変化をどう説明するかは、別の能力です。ここを雑にすると、施術者の自信が患者さんへの断定になってしまいます。

分かりやすい説明ほど、信じたくなる

人は、分かりやすい説明を好みます。

「ここが硬いから痛い」「ここがズレているから悪い」「この膜が引っ張っているから症状が出る」。こういう説明は、頭に入りやすいです。

逆に、「複数の要因が関与している可能性があります」「現時点ではひとつに絞りきれません」「反応を見ながら仮説を調整します」という説明は、少し面倒に聞こえます。

でも、慢性痛や長引くしびれ、不定愁訴のようなものほど、きれいにひとつの構造で説明できないことがあります。

少し辛口に言うと

「分かりやすいから正しい」は、臨床ではかなり危ないです。分かりやすさは説明の技術であって、原因を特定できた証明ではありません。

施術者側も、曖昧さに耐えるのはしんどいです。

患者さんから「原因は何ですか」と聞かれた時に、「これです」と言えた方が気持ちは楽です。SNSで発信する時も、断定した方が反応は取りやすい。

でも、本当に臨床で大事なのは、白黒を急ぐことではなく、仮説を持ちながらも修正できる余白を残すことです。

まなぶ先生
まなぶ先生

でも患者さんには、はっきり説明した方が安心してもらえる気もします。

瀬谷崎
瀬谷崎

はっきり言うことと、言い切りすぎることは違います。不確実な部分も含めて整理して伝える方が、結果的には安心につながります。

仮説として使うなら、解剖学はかなり役に立つ

ここで誤解してほしくないのは、解剖学的な推論を全部捨てましょう、という話ではないことです。

むしろ、解剖学を知らなければ仮説も立てられません。どの方向に動かすと症状が変わるのか。どの姿勢で負担が増えるのか。どの部位への刺激で反応が変わるのか。こうした評価には、解剖学や運動学の知識が必要です。

問題は、仮説を事実のように扱うことです。

  • 「関与している可能性」と「原因」とを分けているか
  • 施術後の変化を、想定した機序だけで説明していないか
  • 別の要因で変化した可能性も残しているか
  • 患者さんに断定的な説明をしすぎていないか
  • 反応が違った時に、仮説を修正できているか

臨床では「こうかもしれない」と考えて試す場面があります。そこまでは自然です。

ただし、「こうかもしれない」が、いつの間にか「こうに違いない」に変わると危ない。そこに自分で気づけるかどうかが大事です。

患者さんへの説明は、断定よりも見通しを渡す

患者さんは、自分の身体に何が起きているのか不安です。

だから、施術者が自信満々に「原因はここです」と言うと安心することがあります。でも、その安心が正しい理解に基づいていないなら、後から不信感につながります。

説明で大事なのは、患者さんをこちらの理論に納得させることではありません。今の状態を一緒に整理し、必要な選択ができるようにすることです。

説明の例

この動きで症状が変わるので、神経や周辺組織の滑走、筋緊張、姿勢の影響などが関わっている可能性があります。ただ、ひとつの組織だけが原因と断定はできません。反応を見ながら、施術と運動の方向を調整していきます。

このくらいの説明でも、十分に臨床的です。

むしろ、断定しないからこそ、患者さんの状態が変わった時に方針を修正しやすくなります。

とんとん整骨院が大切にしていること

とんとん整骨院では、痛みやしびれをひとつの原因だけで決めつけないようにしています。

筋肉、関節、神経の関与を疑う所見は見ます。動きの変化も見ます。施術後の反応も確認します。ただし、それらはあくまで総合的に見る材料です。

医療機関での確認が必要な可能性があれば、その点もお伝えします。整骨院で見られる範囲と、医師の診察が必要な範囲を分けて考えることは、患者さんを守るために大切です。

瀬谷崎の考え方

施術で変化を出せることは大事です。でも、それ以上に「なぜ変わったのかを言い切りすぎない」ことも大事です。臨床は、分かったふりをしないところから精度が上がります。

施術者が見直したいこと

施術者にとって、自分の技術や理論を信じることは必要です。

ただし、信じることと、検証しなくなることは違います。

自分の考えに合う症例だけを覚えていないか。うまくいかなかった例を軽く扱っていないか。患者さんの変化を、自分の理論に都合よく回収していないか。

少し辛口に言うと

「自分には分かる」と思った瞬間に、臨床の観察は雑になりやすいです。分かっているつもりの時ほど、別の可能性を置いておく方がいいです。

患者さん側も、分かりやすい説明ほど一度立ち止まる

患者さんにとって、身体の説明は分かりやすい方がありがたいと思います。

ただ、「原因はこれだけです」「ここを治せば全部よくなります」といった説明が強すぎる場合は、少し立ち止まってもいいです。

分かりやすい説明が、必ずしも正確な説明とは限りません。

  • 症状の原因をひとつに決めつけていないか
  • 良くならなかった場合の見直し方を説明してくれるか
  • 医療機関での確認が必要な可能性を話してくれるか
  • 質問した時に、分からないことは分からないと言ってくれるか
  • 不安をあおる説明ばかりになっていないか

施術者が「全部分かっています」と言うより、「今はこう考えています。反応を見て修正します」と言える方が、実は誠実なこともあります。

分からないことを、分からないまま扱う強さ

解剖学は、臨床の大切な土台です。

でも、解剖学で説明できそうだからといって、痛みの原因や施術の機序をすべて言い切れるわけではありません。

施術で変化が出たら、その変化は大事にする。ただし、なぜ変わったのかは断定しすぎない。別の可能性も残しながら、次の評価につなげる。

地味ですが、この態度があるかどうかで、患者さんへの説明も、臨床の精度も変わってくると思います。

瀬谷崎
瀬谷崎

解剖学を使うなら、断定のためではなく仮説を立てるために使いたいです。分からない余白を残せる人の方が、臨床では強いと思います。

瀬谷崎将也
株式会社とんとん/とんとん整骨院 代表。臨床系セラピストスクール「ANOアカデミー」主宰。

とんとん整骨院 代表。柔道整復師として、都内に鍼灸整骨院4店舗・鍼灸院1店舗を運営。多くの患者と関わる中で、「痛み」や「慢性疼痛」への深い理解の必要性を痛感し、EBM(根拠に基づく医療)・バイオメカニクス・BPSモデル(生物心理社会モデル)を軸とした臨床を実践。その知見をもとに、臨床系セラピストスクール「ANOアカデミー」を主宰し、セミナー運営など施術者の育成・教育にも精力的に取り組んでいる。

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