仕事を志事と言い換える前に考えたいこと。きれいな言葉が現実をぼかす時

きれいな言葉で、現実をぼかしていないか

「仕事」を「志事」と書くこと自体が悪い、という話ではありません。ただ、言葉をきれいにすることで、責任や数字や失敗が見えにくくなるなら、それは少し危ないと思っています。

言葉を前向きにすることと、現実から目をそらすことは違います。売上、離職、患者さんの不満、スタッフの課題。見たくない現実をぼかす言葉は、組織の学習を止めてしまいます。

SNSを見ていると、たまに独特な言葉づかいを見かけます。

仕事を「志事」と書く。

最高を「最幸」と書く。

月商を「月笑」と書く。

こういう表現です。

もちろん、本人が大切にしている言葉なら、それ自体を頭ごなしに否定するつもりはありません。

でも、少し辛口に言うと、現実の厳しさを受け止める前に、言葉だけをきれいにしているように見えることがあります。

そこに僕は、けっこうな危うさを感じます。

まなぶ先生
まなぶ先生

言葉をポジティブに変えるのは、悪いことではなさそうにも見えます。

瀬谷崎
瀬谷崎

前向きな言葉は悪くないです。ただ、数字や責任を見なくていい理由に変わると、かなり危ないですね。

自分に都合よく見えてしまう仕組み

人は、自分を少し良く見積もりやすい生き物です。

これは多かれ少なかれ、誰にでもあります。

問題は、それが強くなりすぎて、自分でも気づかないうちに現実を都合よく解釈してしまうことです。

心理学では、自己欺瞞的自己高揚のような言葉で扱われることがあります。

簡単に言えば、自分を良く見せようとして嘘をつくというより、本人も本気で「自分たちは良いことをしている」と思い込んでしまう状態です。

自覚して嘘をついている人より、自分は正しいと思い込んでいる人の方が、修正が難しいことがあります。

組織でも同じです。

売上が落ちている。スタッフが辞めている。患者さんの継続率が下がっている。説明への不満が出ている。

こういう現実がある時に、「でも笑顔は増えた」「志はある」「うちは雰囲気が良い」と言い換えてしまう。

その言葉が、改善の入口になるならいいです。

でも、現実を見ないための逃げ道になるなら、かなり問題です。

言葉を変えても、責任は消えない

「仕事」を「志事」と書くと、たしかにきれいに見えます。

志を持って働く。人のために働く。そういう意味を込めたいのだと思います。

それ自体は分かります。

ただ、仕事には、志だけではなく責任があります。

患者さんに説明する責任。結果を振り返る責任。スタッフの生活を守る責任。売上を作る責任。間違ったら修正する責任。

ここを抜かして、きれいな言葉だけ残すと、仕事の大事な部分が薄くなります。

見失いやすいこと

志があることと、仕事として責任を果たしていることは同じではありません。良い想いがあっても、数字や行動が伴っていなければ、現場は変わりません。

「月商」を「月笑」と言い換えるのも同じです。

笑顔を大切にすることは、もちろん良いことです。

でも、月商は売上です。逃げ場のない数字です。

売上が未達だった時に、「でも笑顔は作れたから」と言い訳できてしまうなら、その言葉は改善の邪魔になります。

失敗をぼかすと、学べなくなる

組織が伸びるには、失敗から学ぶ必要があります。

なぜ患者さんが離れたのか。

なぜスタッフが辞めたのか。

なぜ売上が下がったのか。

なぜ説明が伝わらなかったのか。

このあたりは、できれば見たくありません。見れば傷つくし、責任も発生します。

でも、そこを見ないと改善できません。

まなぶ先生
まなぶ先生

言葉をきれいにすると、失敗が見えにくくなるんですね。

瀬谷崎
瀬谷崎

そうです。失敗を悪者にしなくていいんですが、失敗を別の言葉で包んで見えなくするのは、学習の機会を捨てているのに近いです。

臨床でも同じです。

患者さんが良くならなかった時に、「相性が悪かった」「患者さんの意識が低かった」「うちは愛を持ってやった」とだけ考える。

これでは振り返りになりません。

評価は合っていたのか。説明は伝わっていたのか。通院計画は妥当だったのか。医療機関への相談が必要な所見はなかったのか。

見たくないところを見に行くから、次が良くなります。

「自分たちは正しい」が強すぎると、倫理が鈍る

自己欺瞞の怖いところは、本人に悪気がないことです。

自分たちは患者さんのためにやっている。

自分たちは良い理念で動いている。

自分たちは業界を良くしている。

こういう感覚が強くなりすぎると、都合の悪い事実を見にくくなります。

少しずつ、ルールの解釈も甘くなります。

組織で起きやすいこと

理念が強いほど、数字やルールや患者さんの不満を「枝葉」として軽く扱ってしまうことがあります。本当は、理念があるからこそ現実のチェックが必要です。

たとえば、根拠の薄い説明をしても「患者さんを前向きにするためだから」と正当化する。

無理な回数券提案をしても「健康のためだから」と正当化する。

グレーな請求や表現をしても「業界では普通だから」と流す。

こういうことは、最初から悪人だから起きるとは限りません。

自分たちは良いことをしている、という感覚が強すぎる時にも起こります。

言葉の定義をはっきりさせる

では、どうすればいいのか。

ひとつは、言葉の定義をはっきりさせることです。

仕事は仕事です。責任と成果が伴います。

月商は月商です。売上の数字です。

患者満足度は雰囲気ではなく、患者さんが納得しているか、必要な説明を受けているか、継続や改善にどうつながっているかを見る必要があります。

ぼかしやすい言葉 見失いやすい現実 見直したい問い
志事 責任、成果、報酬との交換 その志は、行動と結果に出ているか
月笑 売上、利益、継続率 数字が悪い理由を見ているか
家族のような職場 評価、役割、給与、責任範囲 優しさで基準を曖昧にしていないか
患者さんのため 説明責任、同意、必要性 患者さん本人が納得して選べているか

言葉を冷たくしたいわけではありません。

ただ、あたたかい言葉で現実を隠さない方がいい。

あたたかさと曖昧さは違います。

とんとん整骨院が大切にしていること

とんとん整骨院では、理念や想いを大切にしています。

ただ、それだけでは院は良くなりません。

患者さんにどう説明したか。

必要な評価をしたか。

通院提案は妥当だったか。

売上や継続率に問題があるなら、どこに原因があるのか。

スタッフがしんどそうなら、何が負担になっているのか。

こういう現実を見て、直すところを直す。

その積み重ねの方が、きれいな言葉よりずっと大事だと思っています。

少し辛口に言うと

言葉を飾る前に、数字を見る。現場を見る。患者さんの反応を見る。スタッフの状態を見る。そこから逃げないことが、いちばん誠実なマネジメントだと思います。

自分たちの言葉を点検する

組織の中で、きれいな言葉が増えてきた時は、一度立ち止まった方がいいです。

その言葉は、現実を見るために使われているのか。

それとも、現実を見なくていい理由になっているのか。

ここを点検したいです。

  • 売上や離職など、見たくない数字を避けていないか
  • 理念を理由に、説明責任や同意を軽くしていないか
  • 失敗をきれいな言葉で包んで、振り返りを止めていないか
  • 患者さんやスタッフの不満を、感謝不足として片づけていないか
  • 自分たちは正しい、という前提が強くなりすぎていないか

これは、他人を責めるためのチェックではありません。

自分たちが現実からズレていないか確認するためのものです。

人は誰でも、自分に都合よく見たくなります。

だからこそ、言葉ではなく事実に戻る仕組みが必要です。

きれいな言葉より、泥臭い改善を

前向きな言葉は、悪いものではありません。

人を励ますこともありますし、チームの方向性をそろえることもあります。

でも、言葉を変えただけで現実は変わりません。

売上が悪ければ、理由を見ます。

患者さんが離れているなら、説明や施術や提案を見直します。

スタッフが辞めるなら、働き方や教育や関わり方を見ます。

面倒くさいですが、そこから逃げないことが大事です。

きれいな言葉で気持ちよくなるより、少し痛くても現実を見て改善する。

院を良くするのは、たぶんそっちです。

瀬谷崎
瀬谷崎

言葉を変えるより、現実を見る方がしんどいです。でも、しんどい方にしか改善の材料は落ちていないことが多いです。

参考

  • Wu H, et al. Self-deception: Distorted metacognitive process in ambiguous contexts. Psych Journal. 2022.
    PMC
  • Schwardmann P, van der Weele J. Deception and Self-Deception. 2016.
    SSRN
  • Pittarello A, Leib M, Gordon-Hecker T, Shalvi S. The Valjean effect: Visceral states and cheating. Emotion. 2016.
    PubMed
  • Jiang T, et al. Learning from failure feedback for subsequent task performance: A matter of personality? Frontiers in Psychology. 2022.
    PubMed
瀬谷崎将也
株式会社とんとん/とんとん整骨院 代表。臨床系セラピストスクール「ANOアカデミー」主宰。

とんとん整骨院 代表。柔道整復師として、都内に鍼灸整骨院4店舗・鍼灸院1店舗を運営。多くの患者と関わる中で、「痛み」や「慢性疼痛」への深い理解の必要性を痛感し、EBM(根拠に基づく医療)・バイオメカニクス・BPSモデル(生物心理社会モデル)を軸とした臨床を実践。その知見をもとに、臨床系セラピストスクール「ANOアカデミー」を主宰し、セミナー運営など施術者の育成・教育にも精力的に取り組んでいる。

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