10年来の股関節痛で靴下が履けない。原因組織が絞れないときの再評価と回避動作への挑戦
セラピスト向け
所見が噛み合わない長期例、仮説をどこまで広げるか
10年以上前から股関節が痛く、靴下を履く動作ができない60歳の女性。レントゲンに明らかな所見はなく、圧痛はあるのに確認検査では変化が取れない。とんとんが治療家向けに続けているオンラインカンファレンスで実際に挙がった相談をもとに、原因組織が絞り込めない長期例の再評価と、避けている動作への挑戦のさせ方を検討します。
相談の主は、この女性を4回担当してきた治療家です。痛むのは左の股関節で、反対側の膝に足を乗せて靴下を履こうとする姿勢、つまり股関節の屈曲・外転・外旋が組み合わさった動作で痛みが出ます。あぐらもかけません。
圧痛は鼠径部よりやや外側、上前腸骨棘(じょうぜんちょうこつきょく)の近くにあり、場所からは縫工筋(ほうこうきん)の付着部が疑われました。
屈曲の可動域は施術でその場では良くなるものの、外転・外旋を加えると結局痛みが出る。各種の確認検査を試しても症状の変化がほとんど取れない、という段階での相談でした。
まなぶ先生
教子先生
瀬谷崎圧痛部位の組織を、収縮時痛と突き合わせる
最初に検討されたのは、圧痛部位の解釈です。触れて痛い場所が縫工筋の付着部なら、その筋の収縮で痛みが再現されるかを確かめます。筋の収縮由来なら自動運動や抵抗運動で痛みが出て、他動運動では出にくいはずです。
ところがこの症例は、屈曲が自動でも他動でも同じように痛く、途中で止まります。収縮時痛の理屈だけでは、縫工筋由来と言い切れません。
一方で圧痛の位置は鼠径部の内側ではなく外側寄りで、鼠径部や恥骨付近には圧痛がなく、関節由来の痛みが出やすい場所とも少しずれています。
圧痛の場所、そして収縮・伸長・他動それぞれでの痛みの挙動。この二つを突き合わせて、説明がつかない仮説はいったん保留する。触れて痛いことと、そこが原因であることを分けて扱う手順が、再評価の土台になります。
外転でも外旋でも内転筋が痛む。矛盾する所見の扱い
評価を進めると、解剖学的に説明のつきにくい所見が出てきました。外転で内転筋のあたりに痛みが出るのは伸長痛として理解できます。ところが外旋でも同じく内転筋のあたりが痛み、屈曲・外転・外旋の複合では内転筋から大腿の内側にかけて痛みが広がる。内旋では鼠径部に詰まり感が出ます。
単一の筋の収縮や伸長では、この組み合わせを説明しきれません。検討の場でも「なんでだろう」という率直な声が挙がった場面でした。
こういうとき、矛盾した所見を馴染みの仮説に押し込めるのではなく、仮説の側を広げます。挙がった候補は三つありました。
- 皮膚。皮膚の滑走性が落ちていると、動作の方向と痛む場所がきれいに対応しないことがある。皮膚モビリゼーション(皮膚を軽くずらして保持する手技)で動作時痛が変わるかを試す価値がある
- 骨盤のアライメント(配列)。骨盤の側屈や傾斜は、この方が訴えていた歩行時に脚が抜けるような感じへの関与も考えられる
- 大腿筋膜張筋の伸長性と、腸脛靭帯のインピンジメント(挟み込み)。圧痛部位の少し外側に位置する組織として評価に加える
靴下動作は複合動作。腰椎の屈曲もあわせて確かめる
もうひとつの助言が、腰椎の確認です。靴下を履く動作は、股関節の屈曲・外転・外旋だけでなく、腰椎の屈曲や骨盤の後傾も同時に使う複合動作です。
股関節側ばかり評価していると、腰椎の屈曲可動域が落ちていて股関節に動きの負担が寄っている可能性を検討しないままになります。
股関節単独の角度と腰椎の代償を切り分ける検査手順は別の記事で扱っていますが、長期例の再評価では特に、痛む関節の隣をあわせて見ることが仮説の幅を保つことにつながります。
- 圧痛部位の組織は、収縮時痛・伸長痛・他動時痛の挙動と突き合わせて判断する
- 自動でも他動でも痛い場合、単一の筋の収縮由来とは言い切れない
- 説明のつかない所見が出たら、皮膚の滑走性や骨盤のアライメントまで仮説を広げる
- 大腿筋膜張筋の伸長性と腸脛靭帯のインピンジメントも候補に残す
- 靴下動作は複合動作なので、腰椎の屈曲可動域もあわせて確認する
- 長期例では、避けている動作への挑戦を評価と体験づくりの両面で使う
10年避けてきた動作に、挑戦してもらうという選択肢
この症例には、もうひとつ別の角度からの提案がありました。10年以上の経過があり、明確な外傷性の所見もない。であれば、普段避けている靴下を履く動作そのものを、施術者の目の前で思い切って行ってもらうという選択肢です。
実際にやってみて悪化がなければ、「意外とできた」という体験が動作の回避を緩めるきっかけになります。逆に痛みが強く出るなら、それ自体が評価の材料になります。
誤解のないように書くと、これは痛みを心理的なものと決めつける話ではありません。圧痛や動作時痛という身体の所見は現にあり、その評価を尽くすことが前提です。
避けている動作への挑戦は、身体の評価を尽くしたうえでの選択肢です。悪化の有無を確かめながら小さく試し、できたかどうかを本人の言葉で確認します。
そのうえで、長い経過のなかで「この動作は痛いはず」という予測が実際の能力より先に立っている可能性を、体験を通して確かめるという位置づけです。実際この方は、施術で屈曲の可動域が出たあと、靴下の動作が「やりやすいかも」と話していたそうです。小さくても、できた体験は積み上がります。
なお、痛みの期間が3ヶ月を超えたかどうかという線引きだけで慢性疼痛と扱うことには別の論点があり、期間だけで痛みを見ないための考え方は別の記事で扱っています。
矛盾する所見は、仮説を広げる合図
この検討で共有されたのは、長期例ほど評価をいちど土台まで戻し、圧痛・収縮時痛・動作時痛の突き合わせからやり直す価値がある、ということでした。説明のつかない所見が出たら、皮膚や骨盤のアライメント、隣の腰椎まで仮説を広げる。
そして評価と並行して、避けてきた動作に悪化のない範囲で挑戦してもらう。原因の追究と体験づくりを同時に走らせることが、長期例の膠着を動かす現実的な進め方だと考えています。
瀬谷崎




