治療間隔を空けた途端に「やっぱり痛い」。改善が停滞した慢性痛と通院の機能的意味
セラピスト向け
週1回・片道1時間半の通院は、その方の生活の中で何を担っているのか
手術のあとから続く痛みが10年ほど。治療の初期は順調に良くなったものの、NRS(痛みの数値評価スケール)2〜3で停滞しました。話を聞き進めると、片道1時間半かけて毎週通う通院そのものが、この方の生活の中で役割を持っている可能性が見えてきます。とんとんが治療家向けに続けているオンラインカンファレンスで実際に検討された症例をもとに、通院の機能的意味という視点を扱います。
相談されたのは、担当スタッフが受け持つ年配の男性の症例です。胸郭出口症候群の手術のあとから痛みが続き、期間は10年ほど。背中が丸まった姿勢が定着していました。バイオメカニクス(生体力学)的な介入を軸に置かない方針で進めている方です。
治療の初期は順調に改善し、ご本人にも手応えがありました。ところがNRS2〜3のあたりで停滞します。院では経過を写真で記録しており、姿勢の変化は目に見えて分かるほどでした。それでも奥様からは「全然変わらない」と言われ続けている。ご本人の実感とご家庭での評価の食い違いが、担当スタッフには経過のネックに見えたそうです。
まなぶ先生
教子先生
瀬谷崎片道1時間半・毎週の通院が担っているもの
担当スタッフが2〜3回の来院にわたって少しずつ話を聞くと、ご家庭の事情が見えてきました。長い経緯があって奥様との関係が難しくなっており、家で顔を合わせると小言が増える。だからできるだけ外に出る機会を作りたい、と話されたそうです。
この方は片道1時間半かけて毎週通ってきています。なぜその距離を毎週なのか、担当スタッフにも謎だったのですが、この話でひとつの見え方が生まれました。通院が「家から少し距離を取れる、理由のある外出」として機能しているのかもしれない、という見方です。
さらにもう一歩進めると、痛みが取れてしまえば通院の理由もなくなります。日常生活に支障がない程度の痛みが残り続けていることと、この事情が関係している可能性も、検討の場では挙がりました。
患者さんの心理を施術者が断定することはできません。ご本人が意図的に痛みを残しているという話でもありません。「通院に痛み以外の意味があるかもしれない」は、関わり方を設計するための仮説として持ち、ご本人の言葉で確かめていきます。
間隔を空ける提案のとき、表情に何が出たか
手がかりになったエピソードがあります。経過が良かった時期に、担当スタッフが「良くなってきたので治療の間隔を空けましょう」と伝えたところ、とても微妙な表情をされたそうです。
それまでは「こんなに良くなっているのに、妻は変わらないと言う」と、改善をむしろ積極的にアピールしていた方です。改善の実感を語る姿と、間隔を空ける提案への渋い反応。この落差が、痛み以外の通院動機を考えるきっかけになりました。
同じような場面で次の手がかりが重なるときは、症状以外の背景を考えてみる価値があります。
- 改善の実感を語る一方で、間隔を空ける提案には表情が曇る
- 症状の程度に対して、通院の距離や頻度が大きい
- ご本人の実感とご家族の評価が、長く食い違ったままになっている
- 間隔を空けた直後の決まった時期に「やっぱり痛い」と連絡が来る
ご家族の協力を仰ぐ案から方向転換した経緯
当初は、奥様の協力が必要不可欠だと考えていました。一度一緒に来院してもらう、電話でご主人の状態を伝える、といった案を担当スタッフと話していたのです。ご家族が改善を認めてくれれば、ご本人の実感も支えられるという読みでした。
ところが事情が分かってくると、この方向はあまり意味がなさそうだと判断が変わります。関係そのものが長く難しくなっている状況では、施術者が状態を伝えても、ご家庭での評価が変わる見込みは薄いためです。
そして、ここに職域の線があります。夫婦関係の改善は、施術者のターゲットではありません。なお、痛みの経過に気分の落ち込みや不眠が重なってくる場合には、施術の範囲で抱え込まず、医師への相談を勧める判断も必要です。
家庭の事情は背景情報として扱い、そこへの介入を目標にしない。片道1時間半の通院がこの方にとって大切な時間になっているなら、その時間を尊重したまま、きちんと痛みを取っていく。痛みがある状態を続けさせることを、施術者が目標にしてはいけない。
まなぶ先生
教子先生
瀬谷崎痛みがなくなったら、家での時間はどうなりそうですか
検討の結果、次回は「痛みがなくなったときのこと」を聞いてみる方針になりました。痛みが取れたら、家での時間はどうなりそうか。想像してもらったときの反応が、症状の改善がご本人にとってどこかで損になっていないかを考える材料になります。
もしそうであれば、必要になるのは、痛み以外の、そして嘘ではない外出の理由づけをご本人と一緒に考えることかもしれません。ご家族にきちんと説明ができて、ご本人も納得できる理由があれば、痛みがその役目を負わずに済みます。ここもまだ仮説の段階で、ご本人の話を聞きながら確かめていく方針です。
「やっぱり痛い」の連絡の裏にあるもの
週1回だった方を2週間に1回にしたら、ちょうど1週間が経つ頃に「やっぱり少し痛くなってきたので見てください」と、どこか張りのある調子で連絡が来る。多くの施術者に思い当たる場面ではないでしょうか。
検討の場では、この典型的なパターンの背景に、今回のような事情が隠れていることがある、という話になりました。再発とみなして施術を増やすより先に、通院がその人の生活で何を担っているのかへ一度アンテナを張ってみる。どこにヒントが隠れているか分からないつもりで、生活の話を聞いてみる価値があります。
まなぶ先生
教子先生
瀬谷崎
瀬谷崎施術者がどこまで踏み込むか、という距離感の検討もありました。心療内科やスクールカウンセラーなど、心理面の専門機関にすでにかかっている患者に対して、施術者は何をすべきか、という問いです。
共有されたのは、余計なことをせず、通常の患者と同じように淡々と関わるのが適切だという見方でした。依存の傾向がなければ距離を置く必要はなく、普段どおりの接し方を続ければよい。そして、自分の発言が相手に与える影響を過大に評価しすぎないことも大切だとされました。専門領域はその専門家に任せ、施術者は自分の役割に徹する。通院の意味を丁寧に見るこの記事とも地続きの姿勢です。





