会話を楽しみに通う患者さんは治療の妨げか。治療費の内訳から考える患者対応
セラピスト向け
患者さんが払うお金の内訳には、会話や応援が含まれている
症状が大きく変わらないのに、会話を楽しみに通い続けてくださる患者さんをどう受け止めるか。とんとんが治療家向けに続けているオンラインカンファレンスで実際に挙がったこの話題を、治療費の内訳という考え方から掘り下げ、会話を求める患者さんと求めない患者さん、それぞれへの対応まで紹介します。
痛みが劇的に良くなっているわけではないのに、毎週楽しそうに通ってくださる患者さん。逆に、こちらが真剣に治療へ集中するほど会話が減り、施術後の表情が晴れないまま帰られる患者さん。臨床を続けていれば、どちらも思い当たる顔があるはずです。
会話や関係性を目的にした通院を、臨床の本筋から外れたものと感じて後ろめたくなる。そんな感覚を持つセラピストは少なくありません。ここでは、患者さんが支払っているお金の中身から考えていきます。
まなぶ先生
教子先生
瀬谷崎その5,000円は、まるごと治療のお金なのか
例えば、患者さんが1回の施術に5,000円を払ってくれているとします。この5,000円は、すべて治療に払われているお金でしょうか。おそらく違う、というのがここでの見方です。
飲みに行くときの5,000円を思い浮かべると分かりやすくなります。中心はお酒と食べ物のはずなのに、どうせ行くなら知り合いのお店に行きたい、あの店員さんと話したい。そんな気持ちが、支払いの中に自然と含まれています。
治療院に払われるお金も同じです。何年も週1回で通い続けてくれる患者さんの支払いには、治療そのものに加えて、担当者への応援代のようなものや、会話・コミュニケーションの楽しさが含まれていることが少なくありません。
患者さんが払うお金の中身は治療だけとは考えず、応援代・会話の楽しさ・社会的なつながりが含まれている可能性を想定します。その患者さんが何にお金を払っているのかを考えることが、対応のヒントになります。
内訳の中で治療の占める割合が小さい患者さんに、治療だけを黙々と提供すると、提供するサービスと求められているものの間にギャップが生まれます。店員さんとの会話を楽しみにお店へ来たのに、無愛想においしいお酒だけ出されたら何か違う。あの感覚と同じことが、施術室でも起きうるわけです。
会話がアドヒアランス(治療の継続しやすさ)を支える
会話を楽しみにした通院は、臨床的に見ても軽くありません。中高年の方では、スポーツジムなどで運動を続けられるかどうかを左右する要素として、そこに集まる仲間との会話や、スタッフとのコミュニケーションを重要視する人が非常に多いことが知られています。
運動の場面での知見ではありますが、会話や交流がアドヒアランス(治療や運動の継続しやすさ)の向上によく貢献するという構図は、通院にもそのまま重なります。
さらに、社会とのつながりは痛みと大きく関係します。自分のことや自分の知っている話をしているとき、脳の報酬系が働き、前頭前野や島皮質の活動が高まることも分かっています。話を聞いてもらう時間そのものが、患者さんにとって心地よい体験になっているわけです。
会話を求める患者さんと、求めない患者さん
ただし、すべての患者さんが会話を求めているわけではありません。話すより施術に集中してほしい、説明は要点だけでいいという方もいます。患者さんのニーズとセラピストの役割は一義的(形が1つに決まるもの)ではなく、患者さんとセラピストの関係性の数だけ形があります。だからこそ、一律の正解を当てはめるのではなく、患者さんごとに見立てることになります。
- その患者さんは何にお金を払っているように見えるか(症状の変化か、会話の時間か)
- 会話が増えたときと減ったときで、施術後の満足そうな様子はどう変わるか
- 通院の回数や費用を減らす提案をしたら、どんな反応が返ってきそうか
- 症状が横ばいでも、通院そのものを楽しみにしている様子があるか
治療のゴール設定に使う雑談のような、会話から患者さんの本音を引き出す工夫とも地続きの話です。会話の位置づけが患者さんごとに違う以上、接し方もそれに合わせて変えることになります。
- 支払いの内訳を想像するその患者さんが重要にしている価値観は何か、治療・会話・応援のどれにお金を払っているのかを推測します。
- 会話を求める患者さんには、会話も価値として提供する話を聞く時間や交流そのものを、提供しているサービスの一部と考えます。治療の説明だけで時間を埋めない配分にします。
- 会話を求めない患者さんには、要点を絞る説明は必要なことだけに絞り、施術に集中できる時間を作ります。沈黙を無理に埋める必要はありません。
線引きはどこにあるか
一方で、臨床の力不足を会話や仲の良さでカバーして、ずるずると通ってもらっているだけではないか。そう自分に突っ込みを入れたくなる場面があるのも事実です。会話込みの通院を認めることと、治療の質を問わなくなることは別の話として扱う必要があります。
その関係は、お互いの了承のうえで成り立っているか。患者さんは回数を減らす提案や他院での検査を望んでいなさそうか。臨床の力不足を関係性でカバーし続けていないか。この3点を確認したうえで成り立っているなら、会話を支えにした通院はありだと考えられます。
通院を続けるかどうかの説明には、メンテナンス通院の定義と頻度の決め方が参考になります。指標で状態を共有しながら頻度を患者さんと相談していけば、関係性を支えにした通院と、過度に偏った通院との線引きも患者さんと一緒に確認できます。
何にお金を払っているのかを、患者さんごとに考える
会話や関係性を求めて通う患者さんを、治療の妨げと見るか、通院を支える力と見るか。その分かれ目は、患者さんが何にお金を払っているのかを一度でも考えたことがあるかどうかにあります。
会話を求める方にはその時間ごと価値として提供し、求めない方には要点を絞って施術に集中する。患者さんごとに内訳を考える習慣が、どちらのタイプの患者さんにとっても通いやすい治療院につながっていきます。
瀬谷崎





