慢性痛のスリーヒット理論。痛みが長引く背景をどう見るか
症状コラム
慢性痛は、痛みが出た瞬間だけで始まるとは限らない
幼少期の強いストレス、思春期の対人ストレス、そして事故や外傷。慢性痛では、痛みが発生した出来事だけでなく、それ以前からの脆弱性や生活史も痛みの遷延化に関わることがあります。
スリーヒット理論は、患者さんを心理的に決めつけるための理論ではありません。痛みが長引く背景を、組織損傷だけに閉じ込めず、人生の文脈まで含めて丁寧に見るための視点です。
慢性痛を見ていると、画像所見や組織損傷だけでは説明しにくいケースに出会います。
同じような外傷を経験しても、数週間で回復する人もいれば、痛みが長く残る人もいます。
この違いを「気持ちが弱い」「性格の問題」と片づけるのは、あまりに雑です。
痛みが遷延化する背景には、身体だけでなく、過去のストレス経験、対人関係、安心感、恐怖、睡眠、活動量などが関わります。

まなぶ先生

瀬谷崎
スリーヒット理論という見方
慢性痛におけるスリーヒット理論は、難治性慢性疼痛がどのように形成されるかを考えるための仮説的なモデルです。
簡単に言えば、痛みが慢性化する背景には、単発の外傷だけでなく、人生の中で積み重なったストレスや対人関係の傷つきが関わることがある、という見方です。
幼少期の強いストレス
虐待、ネグレクト、家庭内の不安定さなど、幼少期の逆境体験は、安心感やストレス調整の発達に影響する可能性があります。
思春期の対人ストレス
学校でのいじめ、孤立、強い対人不安などは、愛着や自己評価、他者への信頼に影響し、痛みへの向き合い方にも関わります。
事故・外傷・痛みの発生
事故や外傷などをきっかけに痛みが発生した時、すでに高まっていた脆弱性と重なり、痛みが長引きやすくなる可能性があります。
この考え方は、「過去に問題がある人は慢性痛になる」と単純化するためのものではありません。
むしろ、痛みが長引く人を「なぜ治らないのか」と責めるのではなく、「回復しにくくなる背景があったのかもしれない」と理解するための視点です。
幼少期の逆境体験と慢性痛
近年、Adverse Childhood Experiences(ACE:小児期逆境体験)と慢性痛の関連が多く報告されています。
小児期の虐待、ネグレクト、家庭内暴力、親の精神疾患や依存症などの経験は、成人後の慢性痛や痛み関連の障害と関連する可能性があります。
また、ACEが多いほど健康上の不利益が増えやすいという、累積的な影響も指摘されています。
慢性痛を見る時に大切なのは、「組織に何が起きたか」だけでなく、「その人の神経系がどのような環境で痛みを学習してきたか」を想像することです。
もちろん、過去のつらい経験を無理に聞き出す必要はありません。
セラピストが心理的トラウマを扱う専門家ではない場合も多いはずです。
それでも、患者さんの反応が過剰に見える時、説明に強い恐怖を示す時、痛みへの警戒が非常に強い時、背景に何かがあるかもしれないと考えるだけで、関わり方は変わります。
患者さんを責めるための理論ではない
心理社会的な要因を扱う時に、最も避けたいのは「あなたの心の問題です」と言ってしまうことです。
これは患者さんを傷つけますし、痛みを軽視しているように伝わります。
慢性痛に心理社会的要因が関わるということは、痛みが本物ではないという意味ではありません。
むしろ、痛みは本物だからこそ、組織損傷だけでなく神経系、情動、記憶、行動、環境まで見ていく必要があります。
避けたい説明
検査で異常がないので、ストレスですね。考えすぎだから痛いんだと思います。
目指したい説明
痛みは本物です。ただ、痛みが長引く時は組織だけでなく、神経の過敏さや生活背景も関わることがあります。
この違いは非常に大きいです。
患者さんを否定する説明ではなく、痛みを理解するための選択肢を増やす説明にする必要があります。
臨床でどう扱うか
スリーヒット理論を臨床で使う時は、過去を暴くことよりも、現在の支援を安全にすることを優先します。
患者さんが話したくないことを無理に聞く必要はありません。
ただし、痛みが長引き、恐怖回避、破局的思考、不眠、強いストレス、孤立がある場合は、身体的介入だけで押し切らない方がよいことがあります。
- 痛みを否定せず、本物の体験として扱う
- 組織損傷だけで説明しすぎない
- 運動や活動への恐怖を少しずつ下げる
- 患者さんが安心して話せる関係性を作る
- 不眠、強い不安、抑うつ、自傷リスクがあれば専門職につなぐ
- 必要に応じて医師、心理職、他職種と連携する
セラピストができるのは、慢性痛の背景を広く見て、安全な運動・説明・関係性を作ることです。トラウマ治療そのものが必要な場合は、適切な専門職との連携が必要です。
痛みに立ち向かうための土台を作る
慢性痛の背景を広く見る目的は、痛みを諦めるためではありません。
むしろ、痛みに立ち向かう土台を作るためです。
「組織が壊れているから痛い」とだけ思っていると、動くことが怖くなります。
「痛みには神経系の過敏さや過去のストレスも関わることがある」と理解できると、痛みの意味が少し変わります。
組織損傷だけが痛みの原因とは限らないと理解することで、運動への恐怖が少し下がり、活動量を増やすきっかけになることがあります。
痛みがあるから何もできない。
動くと壊れる。
自分の身体はもう悪くなっている。
こうした信念が強いと、活動量は落ち、身体機能も低下しやすくなります。
慢性痛の説明は、患者さんを心理化するためではなく、こうした恐怖を少しずつほどくために使いたいところです。
痛みを、人生の文脈から見直す
慢性痛は、痛みが出た瞬間だけで始まるとは限りません。
幼少期の強いストレス、思春期の対人関係、そして事故や外傷。
それらが重なった時、痛みが長引きやすい状態が作られることがあります。
ただし、それは患者さんのせいではありません。
痛みが本物ではないという意味でもありません。
慢性痛を理解するための視野を広げるということです。
組織損傷だけに閉じ込めず、神経系、情動、行動、生活、対人関係まで見る。
そのうえで、安心して動ける範囲を広げていく。
それが、慢性痛に向き合う時の大切な姿勢だと思います。

瀬谷崎
参考:慢性痛におけるスリーヒット理論、小児期逆境体験、トラウマインフォームドケア、慢性痛と心理社会的要因に関するレビューを参照して整理しています。
The Psychosomatic Medicine on Chronic Pain
The Influence of Adverse Childhood Experiences in Pain Management
A Systematic Review of the Prospective Relationship Between Bullying Victimization and Pain













