慢性痛に「答えがない」と言う前に。考え続けるための学び方
ANOアカデミー
「答えがない」で、止まらないために
慢性痛には、一義的な正解がありません。ただ、「答えがない」で思考を止めてしまうと、そこから先に進めなくなります。正解がない中で考え続けるための学び方を整理します。
慢性痛に、こうすれば必ず治るという正解はありません。だからこそ、答えを探すより、答えがない中でどう考え続けるかを、一緒に鍛えていきたいと考えています。
慢性痛を学び始めると、多くの先生が同じところで立ち止まります。
調べるほど、「これをすれば必ず良くなる」という一つの正解が、どこにも見当たらないからです。
全ては文脈に依存します。患者さんによっても、施術者によっても、二人の関係性によっても変わり、しかも流動的に動いていく。
この「正解がない中でどうするか」に向き合い続けることが、慢性痛の臨床そのものだと感じています。
伊藤聡史
瀬谷崎「答えがない」を、答えにしていないか
「慢性痛は複雑で、単一の答えがない」。これはまったくその通りです。
ただ、その言葉が、考えることから降りるための便利な逃げ道になってしまうことがあります。
この仕事に就いた時点で、僕らは一生、答えがあるかどうかも分からない問題に向き合い続けることになります。それは、なかなかにストイックなことだと思います。
「答えがない」という答えを出して、考えることから逃げていないか。ときどき自分に問い直すようにしています。
正解がない中で、どう考え続けるか
正解が一つに決まらないからこそ、考える手がかりを持っておくことが大切だと感じています。
- 痛みを、身体の構造の問題だけに還元しすぎない
- 患者さんの生活背景や、痛みへの捉え方も一緒に見る
- 一度の判断で決めつけず、関わりながら見直していく
- うまくいかない時に、どう振る舞い何を伝えるかも考えておく
- 分からないことを、分からないまま抱えられる状態を作る
目の前にいるのは、機械ではなく人です。力学的に一貫性のない痛みは常にありますし、それ自体は珍しいことでもありません。
熱心な先生ほど、改善が難しいときに原因を患部や身体の構造に強く求めがちです。ただ、目の前の患者さんは機械ではない、という前提は、定期的に振り返らないと忘れてしまいます。
伊藤聡史
瀬谷崎痛みに、支配されすぎない
痛みは、治ると思っているから絶望する一方で、無理に消そうとしないことで、少し楽になる側面もあると感じています。
痛みがあっても、生活の質を高める関わりはできるかもしれませんし、痛み以外に向けた関わりも十分にあります。
患者さんも僕らも、痛みそのものに支配されすぎないこと。これも、慢性痛と長く付き合ううえで大切にしたい視点です。
とんとん整骨院が大切にしていること
とんとん整骨院では、慢性痛のような難しいテーマを、安易に「答え」で閉じないことを大切にしています。
分かりやすい答えは、その場では安心できます。ただ、外したときに戻れなくなりやすい。
だから、答えを配るより、考え続けられる土台を一緒に育てたいと考えています。
募集人数や受付状況、内容の詳細は時期によって変わることがあります。最新情報はANOアカデミー公式ページでご確認ください。
考え続けられることが、慢性痛の臨床力
慢性痛に、一つの正解はありません。
ただ、「答えがない」で止まるのか、答えがない中で考え続けるのかで、その先の関わりは大きく変わってきます。
悩み、考え続けられること自体を力にしていく。それが、慢性痛と向き合う学び方だと考えています。
瀬谷崎













