股関節手術後に全身が硬い高齢の患者さん。硬さを取る前に確かめること
セラピスト向け
術後の硬さは、関節を守る反応かもしれない
左股関節の手術歴がある60〜70代の女性。主訴は腰痛ですが、股関節も胸椎も硬く、全身の可動域制限が目立ちます。担当者の迷いは「股関節と胸椎、どちらの硬さから取るべきか」。とんとんが治療家向けに続けているオンラインカンファレンスに実際に挙がった相談をもとに、その手前にある問い、そもそもこの硬さは取っていいものか、を考えます。
患者さんは60〜70代の女性で、以前に左股関節の手術を受けています。人工関節なのか、金属で固定する骨接合なのか、ご本人もはっきり把握しておらず、術式は確認できていません。ご自身の体の状態を細かく理解しているタイプでもなく、訴えは「なんとなく痛い」に近い言い方です。ご希望は「腰が痛いのでマッサージしてほしい」でした。
動きを見ると、制限は股関節にとどまりません。所見を並べます。
- 股関節の屈曲は90度に届かない手前で、腰に痛みが出る
- 仰向けで腰の下に手が入るほどの腰椎の反り(過前弯)
- 外旋は15度ほど。あぐらのように股を開く動きがほとんどできない
- 仰向けで膝を立てて左右へ倒す開排の動きは、患側だけが全くできない。寝たまま足を外へ開く外転も30度に届かない
- うつ伏せでも股関節は屈曲位のまま。編み物の習慣があり、胸椎も硬く円背傾向で、肩甲骨は外転位
- 腰部の安定が保ちにくく、動作のたびに腰椎が先に動く
- かかとをお尻へ近づける大腿四頭筋のストレッチで、反対側の腰に痛みが出る
担当者はすでに手を打っています。かかとをお尻へ近づける形の大腿四頭筋のストレッチ。大腿の付け根を押さえて膝を引き上げる、股関節前面のストレッチ。大腿筋膜張筋については、施術者の膝を入れて伸ばすと角度が付きすぎて痛みが出るため、代わりにタオルを挟んで高さを抑え、伸び方を浅くする調整をしていました。一方で殿筋のストレッチは、可動域そのものが足りず、形が組めないまま止まっています。
検討の場で最初に確認されたのは、腰痛の誘発動作でした。どの動きで腰が痛むのか。ここは実はまだ見られていません。ご本人の訴えが「とりあえず腰が痛いから揉んでほしい」で、動きの評価より先に施術の希望が立っている状態です。そのうえで、屈曲していくと腰が痛み、四頭筋を伸ばす方向でも反対側の腰が痛む。この二つが並んだ時点で「じゃあ、両方で痛いんだな」と確認が入りました。屈曲型・伸展型といった分類をそのまま当てはめられない像です。
まなぶ先生
教子先生
瀬谷崎術後の硬さは、防御的な筋緊張の可能性がある
変形性股関節症の手術後に、股関節周囲の筋が硬い例は珍しくない。これが検討の場で共有された臨床印象です。関節に不安定性があると、骨頭を求心位(関節の中心に収まった位置)に保とうとして、周囲の筋が緊張します。
もしこの硬さが関節を守るための反応なら、大きく緩めることは安定性を崩す方向に働きかねません。そもそも、緩めようとしてもなかなか緩まない可能性もあります。緩めてはいけない、かつ、やろうとしても難しい。この二つが同時に成り立ちうるのが術後の硬さです。
だからこの症例では、施術の工夫より先に確かめることがあります。術式と、主治医の指示です。
術式は何か(人工関節か、骨接合か)。主治医から可動域制限や禁止肢位の指示が出ていないか。経過観察の通院が続いているか。ご本人が把握していなければ、手術を受けた病院や通院状況から確かめ、必要なら受診の際に主治医へ質問してもらいます。ここが埋まるまで、股関節を大きく動かす手技は保留するのが安全です。
骨盤前傾も、機能的な代償の可能性がある
もう一つ挙がったのが、骨盤前傾の読み方です。先天性股関節脱臼や臼蓋形成不全が背景にある股関節では、骨盤が後傾すると臼蓋が骨頭を覆う面積が減り、骨頭が露出して不安定になります。臼蓋と骨頭が接している面積そのものが減っていく、という説明でした。
そこで機能的な代償として骨盤を前傾させ、臼蓋を骨頭にかぶせるように乗せて安定を保っている例がある、という見方が共有されました。本例の腰椎の強い反りが骨盤前傾から来ているなら、それは姿勢の崩れではなく、その人なりの安定のとり方かもしれません。
その場合、骨盤を後傾方向へ誘導しようとしても動かないか、動いたとしてもかえって不安定になる、という可能性が残ります。
教子先生
まなぶ先生
瀬谷崎ストレッチは、安全にできる範囲に絞る
可動域を広げようとして再脱臼させる。緩めた結果、関節が不安定になって痛みが強まる。胸椎の後弯を強く矯正しようとして骨折させる。介入の上限は、この三つを起こさないところから逆算します。ダイナミックに股関節を動かすストレッチは、この症例では選びにくい手です。
一方で、大腿四頭筋のストレッチは比較的安全な選択肢に挙がりました。大腿直筋が伸ばされると骨盤ごと引かれて腰が反り、腰に痛みが出るという機序は説明がつきやすく、仰向けで腰の反りを抑えた形なら緩めやすいためです。担当者がタオルで高さを抑えていた工夫も同じ方向で、伸ばす強さを関節の許す範囲にとどめながら、痛みの出る腰の反りを作らない形を探すことになります。
痛みのない方向へ動かしながら行う相対法のような手技も、選択肢に挙がっています。胸椎の後弯は、この年代では無理に追いません。
受け身の患者さんに、運動をどう乗せるか
この方は運動習慣がほとんどありません。友達に良いと言われて朝早く起きてラジオ体操をしてみる。ただ、三日と続かない。友達や周りの人、テレビに勧められては始めて、途切れる。その繰り返しだそうです。ご希望はマッサージで、自分でなんとかする意識は強くありません。ここで筋力強化一辺倒のメニューを組んでも、続かない公算が大きいでしょう。
まなぶ先生
瀬谷崎このときの運動の狙いは、筋力そのものより脳と心理の側にあります。いわゆる「筋肉をつけましょう」の筋トレではなく、体を動かすことで働く下行性疼痛抑制系(脳から痛みを抑える仕組み)への働きかけと、動いても大丈夫だという、痛みに対する価値観の修正です。
種目は難しいものでなくてかまいません。挙がったのはまず、ヒップリフト(仰向けでお尻を持ち上げる運動)。簡単でよく知られていて、やった感があり、殿筋まわりの運動としてこの可動域でも痛くない範囲で行えます。もう一つが、ブレーシングで支えながらの足の曲げ伸ばしです。お腹を引っ込めるドローインではなく、軽く膨らませたまま保つ腹圧のかけ方で、膨らませて保つだけでも案外疲れます。その状態のまま、仰向けで足を曲げ伸ばしする。関節を大きく動かさずに、運動した実感を残せる組み合わせです。
瀬谷崎





