所見の矛盾を見逃さない。カンファレンスで臨床推論を鍛えるということ
ANOアカデミー
想定どおりの所見ばかり、集めていないか
臨床推論でいちばん怖いのは、知らないうちに「自分の見立てを支える情報」だけを集めてしまうことかもしれません。カンファレンスで何を鍛えているのかを整理します。
カンファレンスは、正解を発表する場ではありません。「合うはずの所見が合わない」という矛盾に気づき、見立てを修正していく。その練習の場だと考えています。
臨床で症例に向き合っていると、ある病態を思い浮かべた瞬間から、無意識にその見立てを支える情報ばかりを探してしまうことがあります。
本人は、適切な推論を立てているつもりです。それでも、いくつかの理屈が静かに飛躍している、ということは少なくありません。
そして、この「飛躍」は、一人ではなかなか気づけない。だからこそ、カンファレンスで一緒に考える意味があると感じています。
伊藤聡史
瀬谷崎「合うはずの所見が、合わない」とき
たとえば、ある疾患を強く疑っているのに、その疾患であれば見られるはずの所見が見当たらない。むしろ、その可能性を下げる所見が複数見つかる。
こういう時、僕らは患者さんに何を伝え、どう対応していくのか。ここは慎重に考えたいところです。
侵害受容性なのか神経障害性なのか、はっきりしそうな場面でも、複数の疾患それぞれに特徴的な所見があり、かつ明確に矛盾する所見が混ざっていることもあります。
臨床では、こういう「分からない時の対応」こそ、意外と教わる機会が少ないように感じます。
この病態ならこの所見が見られるはず。それが見られない時に、他の所見も改めて探せるか。そこが大切だと感じています。
想定を肯定する情報ばかり、集めていないか
評価のなかで気をつけたいのは、自分が想定している病態を「肯定する情報」の収集に偏らないことです。
人は、見立てが固まるほど、それに合う所見を探しやすくなる。これは経験を積んだ先生ほど、定期的に振り返らないと忘れてしまう感覚かもしれません。
「この症例はこれだろう」と思った瞬間から、合う所見だけが目に入りやすくなります。合わない所見をあえて探しにいく一手間が、見立ての精度を支えます。
伊藤聡史
瀬谷崎一人では、推論の飛躍に気づきにくい
カンファレンスで大切にしているのは、結論を当てることよりも、考えのプロセスを開いて見せることです。
- 見立てを支える所見だけでなく、合わない所見も並べる
- 「この所見は、本当にこの病態でしか出ないのか」を問い直す
- 推論のどこにジャンプ(飛躍)があるかを、他の人と確認する
- 分からない時に、どう伝えどう対応するかまで一緒に考える
- 命に関わる疾患・重篤な疾患の除外を、先に置いておく
正解が一つに決まらない症例ほど、こうして他の人の視点を借りられることが効いてきます。
とんとん整骨院が大切にしていること
とんとん整骨院では、推論を「当てるゲーム」にしないことを大切にしています。
大事なのは、当たったかどうかより、どこで考えが飛んだかに気づけること。
疾患ごとの細かい鑑別の手順は別の記事でも整理していますが、ここで伝えたいのは、その推論をどう点検するか、という学び方のほうです。
募集人数や受付状況、内容の詳細は時期によって変わることがあります。最新情報はANOアカデミー公式ページでご確認ください。
矛盾に気づける人が、推論を更新できる
合う所見をいくら集めても、見立ては強くなりますが、正しくなるとは限りません。
むしろ、合わない所見を一つ見つけたときこそ、推論を見直すきっかけになります。
その「矛盾に気づく力」を、一人ではなくみんなで鍛えていく。それがカンファレンスの役割だと考えています。
瀬谷崎













