実例で学ぶレッドフラッグ。整体の直後から下を向けない首と、安静時だけ痛む右肩
セラピスト向け
筋の痛みらしさが崩れたとき。疑いの立て方と、医療機関への送り方の温度
咳のあとに受けた整体を境に下を向けなくなった首と、可動域が全て正常なのに安静時だけ痛む右肩。とんとんが治療家向けに続けているオンラインカンファレンスに実際に挙がった2つの相談をもとに、筋や関節で説明しにくい痛みへの疑いの立て方と、確定を待たずに医療機関へつなぐ判断を考えます。
一人目は、初診で来られた患者さんの頸部痛です。咳がひどくて整体に行き、前胸部や鎖骨の下をゴリゴリと施術された直後から、首を少し下に向けるだけで痛むようになりました。
それまで頸部痛は全くなかった方です。発症から約1ヶ月、痛みは軽快せず悪化しています。程度はNRS(数値評価スケール)で9に近く、屈曲はごく初期の角度までしか動かせません。
まなぶ先生
教子先生
瀬谷崎- 痛むのは屈曲時のみ。側屈・回旋は問題なく、後屈の痛みもなし
- 動作時痛のみで、夜間痛・発熱・体重減少はなし
- 既往に乳がんがあり、4年前に脳転移。咳は半年以上続き、肺の検査は未実施
- 直近の検診は受けており、上肢下肢の腱反射にも異常なし
筋の痛みなら出るはずの反応が、出ない
圧痛の中心は胸鎖乳突筋の部位でした。ところが、右の胸鎖乳突筋に伸張ストレスがかかる側屈や回旋では痛みが出ません。痛むのは屈曲の、それもごく初期の角度だけです。
他動で頭を持ち上げても痛みが出ます。怖さで力が入って痛む様子はなく、収縮時に筋のラインが浮き出るような反応も見られませんでした。
ANOテスト(とんとんで使っている、原因と疑う筋を押圧して症状の増減を見る確認検査の呼び名)でも、筋性の疼痛なら少なくともある程度は緩和するはずの反応が出ません。牽引や微弱電流を試しても、NRSに変化はなかったといいます。
伸張・収縮・他動・押圧のどれでも筋らしい反応が出ないとき、「筋性疼痛ではなさそうだ」という判断そのものが、ひとつの所見になります。施術部位と痛む動作の力学的なつながりが説明しにくいことも、同じ列に並びます。
がんの既往を、どの重さで扱うか
夜間痛・発熱・体重減少はなく、教科書的な悪性のサインはそろっていません。それでも、乳がんの既往と4年前の脳転移、半年以上続く咳、未実施の肺の検査という背景は残ります。
検討では、がんでも動作時痛だけの人はいる、という経験も共有されました。腱鞘炎のような症状で悪性腫瘍だった例もあり、発熱や体重減少がないことは除外の根拠にはなりません。
因果の見立てとしては、整体の直後という発症のタイミングを重く見つつ、たまたま時期が重なった可能性も7対3ほどで残す。そのうえで、がんの既往がある以上はオーバートリアージ(安全側に倒した振り分け)気味に受診を勧める、という判断になりました。
「大丈夫だとは思うけれど、念のため」という温度で医療機関の受診を勧める。
勧めて終わりにせず、実際に受診したかどうかを翌日に確認するところまで行う。
教子先生
まなぶ先生
瀬谷崎二人目。可動域は正常、痛むのは安静時だけの右肩
65歳の女性で、右肩の痛みです。可動域は全方向で正常、自動でも他動でも動作時痛はありません。痛むのは安静時だけで、右肩をどちら側にして寝ても痛み、デスクワーク中にも痛みが出ます。
1ヶ月前から徐々に強まり、2週間前からは夜も眠れないほどになりました。3ヶ月前には左肩にも同様の強い痛みがあり、自然に軽快したものの、今も力が入りにくいといいます。医療機関は未受診です。
- 可動域は全方向で正常。自動・他動とも動作時痛なし
- 痛むのは安静時のみ。どちらを下にした寝方でも、デスクワーク中でも出る
- 1ヶ月かけて漸増し、2週間前からは夜も眠れない強さに
- 3ヶ月前に左肩も同様の激痛。自然軽快したが、力の入りにくさが残る
凍結肩の典型経過と照らし合わせて外す
年齢からまず思い浮かぶのは、いわゆる五十肩、凍結肩です。ただ、凍結肩は違和感から始まって痛みが漸増し、可動域制限と動作時痛を伴うのが典型の経過です。
本例は可動域制限がなく、自動でも他動でも痛みません。この時点で凍結肩の絵とは合わず、軟部組織損傷らしさも薄くなります。動きで説明できる材料が、どこにもないのです。
検討で最初に挙がった仮説と、レントゲンという最初の一手
回答役が経過を聞いて最初に挙げた仮説は、骨肉腫でした。骨肉腫には40〜50歳以降で増えるタイプがあり、上腕骨や大腿骨に好発するとされます。痛みを訴えている場所とも重なります。
①1ヶ月かけて増悪している ②眠れないほど痛みが強い ③バイオメカニクス的に一貫しない。この3つが重なり、まず画像の確認を勧める判断になりました。検討の場で参照した資料でも、次第に安静時痛が出て夜間に痛みが増すことが挙げられていました。
勧め方は、「一度レントゲンを撮ってもらうと安心ですよね」という温度です。発熱や体重の変化は確認された範囲ではありませんでしたが、それがないことを、様子を見る理由にはしません。
回答役自身、上腕骨の骨肉腫の患者さんを経験していました。野球のあとに肩が痛み、休むと軽くなり、再開するとまた痛む。運動時の障害にしか見えない経過で、違和感を頼りに医療機関へ送ったところ、骨肉腫だったといいます。
違ったら違ったでいい、違えば安心。この言葉が、送るかどうか迷ったときの支えになります。
確定を待たず、疑いの段階でつなぐ
2つの症例は部位も経過も異なりますが、共通点があります。どちらも診断が確定した話ではなく、力学的に説明しにくい痛みに疑いを立て、確定を待たずに医療機関へつないだという点です。
送るときの言葉で不安をあおる必要はありません。念のための確認で、違えばそれで安心。そこに、受診したかどうかのフォローまで含めて、はじめてトリアージ(緊急度の振り分け)が一巡します。
瀬谷崎





