慢性疼痛の患者教育、心理社会的要因は増幅と遷延の表現で伝える
セラピスト向け
「気持ちの問題」と受け取られる説明、分かれ目はどこか
「ストレスも痛みに関係していますよ」。そのつもりで伝えた一言が、患者さんには「気のせいだと言われた」と届いてしまうことがあります。とんとんが治療家向けに続けているオンラインカンファレンスで挙がった、慢性疼痛の患者説明の話題から、行き違いを生みにくい言い回しの設計を考えます。
きっかけは、参加している院の一つから出た相談でした。その日の検討テーマがひと区切りし、「臨床で困っている患者さんや、解釈が難しいと感じるところはないか」と話を振られた場面で、こんな話が出ます。どこに行っても良くならなかった方が多く来院する。評価や、そもそもアプローチしている場所が合っていなかったというケースに加えて、慢性疼痛のしくみをざっくり説明する場面がある。家庭環境のような話題に触れることもあり、精神疾患のように受け取られてしまわないよう、言い方をいつも気にしているという内容です。
家庭環境まで踏み込むような深い心理社会の話題は、講座では後半の慢性疼痛の回で扱う構成になっている、という応答があったうえで、この場では手前にある問題、つまり「気持ちの問題だと受け取られない伝え方」に的を絞って検討が進みました。始まりは、相談の中身を確かめる一言です。「気持ちの問題だと患者さんに伝えないように、ということですよね」。
慢性疼痛の患者教育では、BPSモデル(生物心理社会モデル)に沿って、心理社会的要因が痛みに関係するという話題に触れる場面が出てきます。ここが一番デリケートな部分だ、というのが検討の出発点でした。
まなぶ先生
教子先生
瀬谷崎ストレスを痛みの原因として語ると、何が起きるか
PNE(ペインニューロサイエンスエデュケーション=痛みの神経科学に基づく患者教育)で心理社会的要因に触れるとき、検討で共有された線引きはシンプルでした。「これで痛みが出ている可能性がある」という形、つまりストレスや不安を痛みの発生原因として語る表現を使わないことです。
判定の線も、その場で言葉になっています。「それによって痛みが出ている」と言えば、その説明は因果になる。「治りづらくなる」の側で語るなら大きな問題にならない。代わりに大事にしている表現として挙がったのが、「これによって痛みを何倍にも感じてしまう」という言い方です。痛みが出ているかどうかではなく、感じ方の倍率の話としてストレスを置く。同じ心理社会的要因でも、原因の側に置くか、感じ方と経過の側に置くかで、患者さんに届く意味が変わります。
原因として語られると、患者さんの理解の中では「痛みのスタートが気持ちの問題」という筋に置き換わりやすい。本人が感じている痛みの実在を否定されたように届いてしまいます。
一方で、治りづらさに関わるという語り方なら大きな行き違いになりにくい、というのが検討での感触でした。あくまで慢性化の要因であって、スタートではない。この区別を話し手の側が崩さないことが前提になります。
心理社会的要因は「痛みを出しているもの」としてではなく、「痛みの感じ方と経過に関わるもの」として語る。原因の話と、増幅・遷延の話を混ぜないことが出発点になります。
患者さんは痛みの正当性を求めている
なぜ因果の表現がそこまで事故になるのか。検討で挙がったのは、患者さんは痛みの正当性を求めている、という視点です。
慢性腰痛の方の中には、医療機関でレントゲン(X線検査)を撮っても、はっきりした説明のないまま終わっている方がいます。画像に痛みの根拠が見つからず、要領を得ない一言で診察が終わってしまう。痛みに対しての正当性がないから、より不安になる。検討ではそういう筋で説明されていました。
そこへ心理的要因・社会的要因という言葉をそのまま渡すと、患者さんの中で処理が追いつかず、「気持ちの問題」という着地になってしまう。言葉選びの問題である以前に、患者さんが置かれてきた文脈の問題でもあります。
教子先生
まなぶ先生
瀬谷崎使うのは、増幅と遷延の表現
では実際にどう言うか。検討で共有された言い回しは、感じ方の増幅と、経過の遷延という二つの軸でできています。
- 「ちょっとした腰のトラブルでも、痛みをより強く感じてしまうんですよ」
- 「本来感じている痛みを、強くしてしまうんです」
- 「元々あった腰痛が、すごく長引きやすくなるんですよ」
- 「本当はこれくらいで治ったはずの腰痛が、長引いてしまうんです」
どの表現も、痛みの実在は前提のままです。痛みは本物で、その感じ方が増幅され、経過が延びる方向にストレスや不安が関わる、という筋になっています。
この言い方にしてから患者さんとの行き違いはほとんど経験していない、というのが検討の場で共有された臨床印象でした。相談した先生の側でも、この話題で今のところトラブルになったことはないものの、使える言い回しをもっと持っておきたい、という補足があります。現場で毎週のように口にする説明だからこそ、同じ骨組みの表現を複数持っておきたいという感覚です。
まなぶ先生
教子先生
瀬谷崎学ぶ順番は、バイオメカニクスが先
もう一つ、若手教育の視点も挙がりました。慢性疼痛の概念を先に学ぶと、バイオメカニクス(生体力学)を軽んじる方向に傾くことがある、という話です。
先に慢性疼痛の知識に触れたスタッフが、力学的な評価を軽く扱うようになってしまい、順番を間違えたと悔やんだ経験が共有されました。その経験から、社内の講座ではバイオメカニクスを先に据え、慢性疼痛を後半に置く構成にしているとのことです。
バイオメカニクスをきちんと学んでから慢性疼痛に入るほうが、誤解が少なく済む。患者さんへの伝え方と同じで、学ぶ側にも「どちらが土台か」という順番がある、という話でした。
慢性疼痛というテーマ自体、参加者の関心が高く、質疑にもたびたび挙がるとのことです。冒頭の家庭環境のような踏み込んだ心理社会の話題も講座では慢性疼痛のパートに置かれており、いずれこのテーマを単独で扱う会を設ける案も話に出ていました。
瀬谷崎





