運動でなぜ痛みが引くのか。EIH(運動誘発性鎮痛)を末梢から中枢まで5つの機序で読む
セラピスト向け
痛みが引く5つの経路を、末梢から中枢へたどる
運動そのものに痛みを和らげる作用があることは、EIH(イーアイエイチ・運動誘発性鎮痛)として知られています。運動療法はふつう身体機能の異常に対して行いますが、期待できる変化はそれだけにとどまりません。損傷した末梢神経から大脳まで、現時点で一定の支持がある鎮痛の機序を段階ごとにたどり、臨床での組み立てにつなげます。
「動かすと楽になる患者さんがいる一方で、動かすと悪化する患者さんもいる」。この差はどこから来るのか。手がかりのひとつが、運動が持つ鎮痛作用の中身です。瀬谷崎が治療家向けにまとめた下の図は、EIHの機序を末梢から中枢へ5段階で並べたものです。まずは全体像から見ていきます。
まなぶ先生
教子先生
瀬谷崎EIH(運動誘発性鎮痛)とは何か
EIHは、一定の運動を行った直後に痛みの感じ方が下がる現象を指します。健常者では急性運動の後に痛覚閾値が上がることが繰り返し報告されており、有酸素運動でもレジスタンス運動でも生じるとされています。臨床で重要なのは、この作用が慢性痛の患者さんでは弱まったり、逆に運動で痛みが増える場合がある点です。だからこそ、どの経路がどこで働いているのかを分けて持っておく価値があります。
患者さん向けの概観は運動で痛みが軽くなるのはなぜ?EIHと運動療法の見方で扱いました。この記事はその機序を、施術者の視点で末梢から中枢へ掘り下げます。
末梢から中枢まで、5つの経路
図に示した5段階は、痛みの信号が生まれて脳へ伝わる道すじに沿って並んでいます。下から順に、損傷した末梢神経、後根神経節、脊髄後角、脳幹、大脳です。前半(①〜③)は信号の発生源を鎮める働き、後半(④⑤)は上位からブレーキをかける働き、と大きく分けて読めます。
末梢〜脊髄レベル|信号の発生源を鎮める(①〜③)
神経が傷んだ局所では、TNF-αやIL-1βといった炎症性サイトカインが痛みの感作を後押しします。運動は、この炎症性サイトカインの産生を抑える一方で、IL-10やIL-4といった抗炎症性サイトカインの産生を増やす方向に働くと報告されています。痛みの信号が生まれる現場そのものの炎症バランスを、消炎側へ傾けるイメージです。
後根神経節では、神経損傷後にBDNFなどの神経栄養因子が過剰に産生され、痛みの伝わりやすさを高めることが知られています。運動はこの過剰な産生を抑える方向に働くとされ、感覚神経の細胞体レベルで感作の芽を摘む役割が期待されます。
脊髄後角では、ミクログリアが活性化して炎症性サイトカインを出すと、中枢性感作が進みます。運動はこのミクログリアの活性化を抑え、後角での炎症性サイトカイン産生を下げる方向に働くと報告されています。信号が脊髄で増幅される段階にブレーキをかける経路です。
①〜③に共通するのは、痛みの信号が「生まれて・入って・増幅される」までの上流を鎮める点です。末梢神経障害を伴う症例で運動療法の下地づくりが効いてくる背景には、こうした局所の炎症調整があると考えられています。
上位中枢レベル|上からブレーキをかける(④⑤)
脳幹では、運動によって内因性オピオイドが増え、下行性疼痛抑制系が活性化するとされています。中脳水道周囲灰白質から延髄を経て脊髄後角へ降りる経路が、痛みの伝達を上から抑える。オピオイドに加えてセロトニンやノルアドレナリンを介した下行性抑制も関わると考えられています。
大脳では、運動がドパミン作動性ニューロンを活性化するとされています。ドパミン系は報酬や意欲に関わると同時に、痛みの調整にも関与します。「動けた」「楽になった」という体験が次の運動へつながる好循環にも、この系が絡んでいると読めます。
④⑤は、末梢で鎮めきれない信号に対して、上位中枢がブレーキをかける仕組みです。慢性痛でEIHが弱まっている患者さんでは、この下行性抑制の働き自体が落ちている可能性が指摘されており、運動の量や強度の設計がそのまま鎮痛の出やすさに関わってきます。
まなぶ先生
瀬谷崎機能の改善だけではない|中枢の抑制系と認知行動面
運動療法の価値は、可動域や筋力といった身体機能の異常に対する働きかけにとどまりません。上の5経路が示すように、運動は中枢の疼痛抑制系そのものを賦活します。さらに、痛みを怖がって動かないでいる状態から一歩踏み出す体験は、認知行動面の変化にもつながります。
「動くと壊れる」という恐怖回避思考を抱えた患者さんが、軽い運動で痛みが増えなかったと確かめられれば、それ自体が予測の書き換えになります。中枢性感作が疑われる症例で受動的介入から能動的介入へ比率を移す考え方は、中枢性感作がある患者への運動療法でも扱いました。身体・中枢・認知の3つに同時に効きうる点が、運動療法をほかの手段と分ける特徴です。
臨床にどう落とし込むか
- 運動で楽になったとき、機能改善によるものか運動自体の鎮痛作用かを分けて記録し、次回の設計に活かす
- 慢性痛でEIHが弱い、または運動で増悪する患者さんには、軽い負荷から始め増悪しない範囲を探る
- 末梢の炎症が主な急性期でも、局所を刺激しない種目なら運動の消炎方向の働きを利用できる
- 恐怖回避が強い患者さんには、痛みが増えなかった事実を一緒に確認し、予測の書き換えを狙う
- 受動的介入で下地を作り、能動的介入で中枢の抑制系と認知面へつなげる役割分担で組む
運動は末梢から認知まで、多層に効く
EIHの機序を末梢から中枢へたどると、運動が痛みに効く経路は一本ではないことが見えてきます。局所の炎症バランス、脊髄での増幅の抑制、上位からの下行性抑制、そして認知の書き換え。効く患者さんと効きにくい患者さんの差を、どの層で起きているかとして読み直せると、次の一手の精度が上がります。
ここで挙げた機序は、現時点で一定の支持があるものを並べたにすぎません。ひとつの型として持ちつつ、目の前の患者さんの反応を指標に調整していく姿勢が前提になります。
瀬谷崎Rice D, et al. Exercise-Induced Hypoalgesia in Pain-Free and Chronic Pain Populations: State of the Art and Future Directions. J Pain. 2019.
Kami K, et al. Exercise-induced hypoalgesia: potential mechanisms in animal models of neuropathic pain. Anat Sci Int. 2017.





