ハムストリングスのストレッチで顎関節症は変わるのか。咬筋の痛みと開口量を調べた系統的レビューを読む
セラピスト向け
太もも裏を伸ばすと、口が開きやすくなる?4つの試験を並べて読む
ハムストリングスのストレッチが、咬筋(こうきん)の痛みと開口量に影響するかもしれない。そんな報告をまとめた系統的レビューが2026年に発表されました。離れた部位への介入をどう読み、顎関節症の臨床にどこまで持ち込めるのか。レビューが取り上げた4つの試験を、対象と比較の置き方から見ていきます。
顎の症状に対して太もも裏を伸ばす。聞いただけでは結びつきにくい組み合わせです。それでも、ハムストリングスのストレッチ後に咬筋の圧痛や開口量が変わったという報告は、2010年から少しずつ積み重なってきました。瀬谷崎がまとめた下の図は、今回のレビューに含まれる4つの試験を一枚に並べたものです。
まなぶ先生
教子先生
瀬谷崎2026年の系統的レビューは何を調べたのか
取り上げるのは、サルファラズらが理学療法の国際誌に発表した系統的レビューです。4つの文献データベースで2006年から2025年までの英語論文を検索し、ハムストリングスのストレッチが顎関節まわりの痛みと開口量に与える、直後から短期の影響を調べたランダム化比較試験と実験研究を集めています。
結果の要旨は、ストレッチによって咬筋の圧痛閾値(あっつういきち・押されて痛みを感じ始める強さ)と開口量が一時的に良くなる可能性がある、というものです。同時に著者らは、試験の数が少なく中身もばらついているため、結果は注意して解釈すべきだと書いています。体の後面の連なりと咀嚼系のあいだに、筋膜や神経を介したつながりがある可能性は支持される。ただし、仕組みを確定するには証拠が足りない。これがレビューの結論です。
4つの試験を、対象と比較の置き方で読む
図の4本を、発表順に見ていきます。注目したいのは結果の数字だけでなく、対象が健常者か顎関節症の方か、そしてストレッチをしない群と比べているかどうかです。
健常な成人120人を、何もしない群、片脚だけ伸ばす群、両脚を伸ばす群の3つに無作為に分けた試験です。評価は介入の前と5分後で、測定者には群分けが伏せられていました。ストレッチは40秒を1回。ストレッチをした2群では、咬筋と僧帽筋上部の圧痛閾値が上がり(効果量は中程度)、最大開口量も増えました(効果量は大)。何もしなかった群は、どちらもわずかに悪い方向へ動いています。
顎関節症があり、かつハムストリングスの短縮が認められたアスリート42人が対象です。ストレッチだけの群と、ストレッチに咬筋への圧迫を加えた群を比べました。開口量はストレッチだけの群で35.7ミリから39.1ミリへ、圧迫を加えた群で34.0ミリから37.6ミリへ増え、膝の伸展角度と痛みも両群で改善しています。群のあいだに差はなく、咬筋への圧迫を足しても上乗せは見られませんでした。ストレッチをしない群は置かれていません。
18歳から25歳の健常な若年者30人を、静的ストレッチの群と、ストレッチに筋膜リリースを加えた群に分けた試験です。表面筋電図で測った咬筋の筋活動に変化があり、圧痛閾値もわずかに上がりました。一方で、最大開口量と頭部の前方位は変わっていません。こちらも群のあいだに差はなく、ストレッチをしない群はありません。
発症から6か月以内の顎関節症がある18歳から35歳の56人が対象です。超音波と咬筋への圧迫を行う群と、そこに両脚のハムストリングスストレッチを加えた群を比べました。週5回を1週間続けたあとの痛みは、10点満点の尺度でストレッチを加えた群が6.8から2.9へ、加えなかった群が6.7から4.1へ。開口量はそれぞれ31.4ミリから39.8ミリ、31.2ミリから36.1ミリでした。どちらの指標も、ストレッチを加えた群のほうが大きく変化しています。
並べると見えてくる、4つの留意点
4本を横に置くと、結果の向きはおおむねそろっています。そのうえで、臨床に持ち込む前に押さえておきたい点が4つあります。
- ストレッチをしない群と比べたのは①と④だけ。②と③は両群ともストレッチをしているので、前後の変化から時間の経過や測定への慣れ、期待の影響を切り分けられない
- 健常者を対象にした①と③で、開口量の結果が割れている。①は増え、③は変わらなかった
- 評価の時点は直後から1週間まで。数週間、数か月先まで続くのかは分かっていない
- 顎関節症を対象にした②と④は、若い世代やアスリート、発症から日の浅い方が中心。長く続いている症状や、年齢層の違う方に当てはまるかは確かめられていない
もうひとつ、①では咬筋だけでなく僧帽筋上部の圧痛閾値も上がっています。ストレッチの影響が顎に特有のものなのか、離れた部位全般で痛みの感じ方が一時的に下がる反応なのか。この試験だけでは区別がつきません。
教子先生
瀬谷崎
まなぶ先生
瀬谷崎なぜ離れた部位が変わりうるのか
仕組みについては、いくつかの仮説が挙げられています。ひとつは筋膜の連続性です。足底からハムストリングス、脊柱起立筋、後頭部へと続く体の後面の連なりを介して、下肢の緊張が頚部や顎まわりに影響するという考え方で、レビューもこの枠組みを前提にしています。
もうひとつは神経系を介した反応です。ストレッチのあとに、伸ばした場所から離れた部位でも痛みの感じ方が下がる現象は知られており、①で僧帽筋の圧痛閾値まで上がった結果は、こちらの説明とも合います。運動や刺激が痛みの調整系に働きかける仕組みは、EIH(イーアイエイチ・運動誘発性鎮痛)の記事で段階ごとに扱いました。
姿勢を介した説明もあります。ただ、③では頭部の前方位はストレッチの前後で変わっていませんでした。どの仮説も決め手を欠いており、レビュー自身が、仕組みを確定するには現在の証拠では足りないと結んでいます。筋膜のつながりで説明がつく、と言い切れる段階ではありません。
臨床にどう落とし込むか
顎関節症への対応は、咀嚼筋と関節の評価、そして可逆的な保存療法が軸になります。評価と鑑別の流れは顎関節症を評価するにまとめました。ハムストリングスのストレッチは、その軸に足す選択肢のひとつという位置づけが妥当だと考えます。
- 先に下肢伸展挙上や膝の伸展角度でハムストリングスの短縮を確かめる。短縮がなければ優先度は下げる
- ストレッチの前後で、開口量(ミリ)と咬筋の圧痛を同じ条件で測り、その方で変化が出るかを確かめる
- 変化が出なければ固執せず、顎と頚部への介入に時間を戻す
- 開口が急に制限された、外傷のあとから開かない、発熱や腫れをともなうといった場合は、先に歯科や口腔外科での確認を勧める
- 患者さんには「太もも裏を伸ばせば顎が良くなる」と言い切らず、試して確かめる手段のひとつとして伝える
ストレッチ自体が可動域に与える変化の大きさと、その臨床的な意味の読み方は、ストレッチで可動域は本当に変わるのかでも扱っています。数ミリの変化を、測定の誤差と分けて考える視点は顎でも同じです。
離れた部位への介入は、試して測る
4つの試験が示しているのは、ハムストリングスのストレッチのあとに咬筋の圧痛や開口量が短期的に変わることがある、という観察です。対照の置き方が十分な試験は少なく、続く期間も仕組みもまだ分かっていません。それでも、負担が小さく、その場で測って確かめられる手段であることは確かです。
評価で短縮を認めた方に、通常の介入に足して試す。前後で測って、変われば続け、変わらなければ引く。離れた部位への介入は、そのくらいの距離感で持っておくのがよさそうです。
瀬谷崎Sarfaraz N, et al. Effect of Hamstring Stretching on Pain at Masseter Muscle and Mouth Opening: A Systematic Review. Physiother Res Int. 2026;31(4):e70310. PubMed
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