日髙先生の退職と、受け継がれるとんとん整骨院の臨床

日髙先生が残したものは、送別会だけでは終わらない

退職は、ひとつの区切りです。でも、その人が作ってきた臨床の基準や、受講者の先にいる患者さんへの想いは、次の人へ受け継がれていきます。

日髙先生の送別会の様子を入口に、とんとん整骨院の臨床がどう受け継がれていくのかを考えます。

日髙先生の退職は、単なる別れではありません。レッドフラッグ、しびれ、腰痛鑑別を通じて積み重ねてきた臨床文化が、伊藤先生へ引き継がれる節目です。

長く一緒に働いたスタッフが退職する時、職場の空気はかなり出ます。

寂しさがあるのか。感謝があるのか。どこか冷めているのか。退職者をどう扱うのか。

送別会は、ただの飲み会ではありません。

その人が職場でどう生きてきたか、周りとどんな関係を作ってきたかが見える場でもあります。

今回の日髙先生の送別会には、笑いもありました。いじりもありました。涙もありました。

そして、その後のXでの投稿まで含めて見ると、これは「退職の話」だけではなく、とんとん整骨院の臨床が次へ渡っていく話でもあります。

まなぶ先生
まなぶ先生

送別会の記事って、感動話で終わりがちですよね。

瀬谷崎
瀬谷崎

もちろん感情も大事です。でも、それだけではなく、日髙が何を残して、次に何が引き継がれるのかまで見てほしいです。

セミナーの目的は、受講者の先にいる患者さんへ届くこと

日髙先生は、これまでレッドフラッグセミナー、しびれセミナー、腰痛鑑別のセミナーなどを担当してきました。

単に知識を教えるだけではありません。

危険な疾患を見落とさないこと。

評価を丁寧に行うこと。

自分たちが診てよいものと、医療機関へつなぐべきものを分けること。

このあたりは、柔道整復師やセラピストにとってかなり重要な部分です。

セミナーの価値は、受講した先生だけで完結しません。その先生の背景にいる患者さんへ届いて初めて、意味が出ます。

Xでも、過去のセミナーを受けた先生方からの反応が紹介されていました。

脳梗塞を疑って対診依頼できたケース。

整形外科のリハビリに来た患者さんの異変に気づき、馬尾障害を見落とさずにすんだケース。

評価を丁寧にすることで、以前より安心して施術できるようになったという声。

しびれに対する介入の引き出しが増えたという声。

こういう反応は、日髙先生がやってきたことの意味をかなりはっきり示しています。

最後のセミナーでも、目的は変わらない

日髙先生は、最後のセミナーについても「目的は変わらない」と発信していました。

自分ひとりが直接救える患者さんには限りがあります。

でも、オンラインやセミナーという形で、多くの先生に届けることはできます。

そして、その先生たちが現場で患者さんを見落とさず、適切に判断できるようになれば、間接的に多くの患者さんへ貢献できます。

日髙先生らしさ

最後だから感傷的に終わるのではなく、最後まで内容を更新し、受けてよかったと思ってもらえるものにする。この姿勢が、日髙先生の仕事の仕方だったと思います。

「これまでと同じ内容なわけがない」

この言葉には、ただの自信ではなく、最後まで現場に役立つものを作るという責任感が出ています。

送別会の涙だけでは見えにくいですが、こうした発信を見ると、日髙先生が何を大切にしてきたかがよく分かります。

送別会に出ていたのは、仕事だけではない関係性

送別会では、後輩からの感謝、同期からの思い出話、社長からの言葉がありました。

真面目な話だけではなく、面接の裏話や天然エピソードのような笑いもありました。

こういう場で笑いながら送り出せるのは、普段からの関係性がないと難しいです。

厳しい環境だったと思います。

夜遅くまで練習したり、資料を作ったり、臨床の基準を上げ続けたり。

でも、それをただの苦しさではなく、あとで前向きに変換できるものとして共有できている。

ここに、日髙先生ととんとん整骨院の8年間が出ていたように思います。

場面 見えてくるもの 組織としての意味
後輩からの言葉 教わったことへの感謝と寂しさ 教育係としての存在感
同期や経営陣の思い出話 苦労も笑いに変えられる関係性 長く積み重ねた信頼
社長の涙 一緒に走ってきた時間の重み 単なる雇用関係を超えた節目

送別会は、退職する人のためだけのものではありません。

残る人たちにとっても、「何を受け継ぐのか」を確認する場になります。

退職報告は、感謝で締められていた

退職後、日髙先生はXで、株式会社とんとんを退職したことを報告していました。

8年間勤めたことへの感謝。

これからは地元に戻り、柔道整復師として精進していくこと。

そして、今後も発信を続けていくこと。

この報告からも、退職がネガティブな断絶ではないことが伝わります。

退職の見方

退職は、必ずしも組織の失敗ではありません。本人のライフステージや次の挑戦に合わせて、学んだものを別の場所へ持ち出すこともあります。

人が辞めることは、組織にとって寂しいことです。

でも、その人が次の場所で活躍してくれるなら、それは組織としても意味のある卒業です。

日髙先生の場合、とんとんで積み上げた鑑別や検査の考え方を、次の土地でも使っていくことになります。

技術責任者は、伊藤先生へ引き継がれる

日髙先生の退職と同時に、技術責任者は伊藤先生へ引き継がれることも発信されました。

日髙先生が担っていた業務だけでなく、瀬谷崎が担っていた臨床関連業務も、かなりの部分が伊藤先生へ移っていきます。

これは、かなり大きな継承です。

単に役職名が変わるという話ではありません。

院内の臨床基準、研修、評価、教育、セミナー的な思考を、次の責任者が担っていくということです。

まなぶ先生
まなぶ先生

日髙先生が抜ける穴は、かなり大きいですよね。

瀬谷崎
瀬谷崎

大きいです。ただ、そこで止まらないために伊藤に渡します。個人の力を組織の基準にして、次へ進める必要があります。

とんとん整骨院にとって、これは大きな節目です。

日髙先生が作ってきたものを、伊藤先生がそのまま守るだけではありません。

さらに更新し、院内の教育や臨床の基準として広げていく段階に入ります。

個人のすごさを、組織の基準に変える

治療院では、どうしても優秀な人に仕事が集まりがちです。

教えるのがうまい人。

鑑別ができる人。

後輩の相談に乗れる人。

セミナーを作れる人。

そういう人がいることは強みです。

ただ、その人に依存しすぎると、その人が抜けた時に組織が止まります。

本当に大事なのは、優秀な個人を作ることだけではありません。その人が持っていた基準を、次の人が使える形にしていくことです。

日髙先生の退職は、その意味でとても大きな出来事です。

個人としての寂しさはあります。

でも、日髙先生が作ってきた基準が伊藤先生へ渡り、院内の教育へ引き継がれるなら、それは組織として前に進むことでもあります。

とんとんの臨床文化として残るもの

日髙先生が残したものは、ひとつの手技やひとつの知識ではありません。

もっと根本にあるのは、危険なものを見落とさないこと。

評価を雑にしないこと。

患者さんの背景まで考えること。

自分たちだけで抱え込まず、必要なら医療機関へつなぐこと。

そして、自分が直接見られる患者さんだけでなく、学んでくれた先生の先にいる患者さんまで考えること。

  • レッドフラッグを見落とさない
  • しびれや腰痛を雑に一括りにしない
  • 評価と鑑別を臨床の土台にする
  • 必要な時は対診につなぐ
  • 教えた先にいる患者さんまで考える
  • 個人の経験を、次世代の基準へ変える

これは、日髙先生だけの話ではありません。

とんとん整骨院がこれからも大切にしていくべき臨床文化です。

別れではなく、臨床が次へ渡る日

日髙先生の送別会は、寂しい場でした。

でも、ただ寂しいだけの場ではありませんでした。

そこには、8年間の感謝がありました。

セミナーを通じて届いた患者さんへの貢献がありました。

地元に戻って柔道整復師として進んでいく次の道がありました。

そして、伊藤先生へ技術責任者が引き継がれる流れがありました。

人は入れ替わります。

でも、臨床の基準は残せます。

むしろ、人が変わっても残る形にしていくことが、組織としての強さです。

日髙先生が残したものを、伊藤先生が受け継ぎ、さらに次の世代へ渡していく。

今回の退職は、その大きな節目だったと思います。

瀬谷崎
瀬谷崎

日髙が抜けるのは寂しいです。でも、日髙が作った基準が残り、伊藤が引き継いでくれる。そうやって臨床を次へ渡していける組織でありたいですね。

瀬谷崎将也
株式会社とんとん/とんとん整骨院 代表。臨床系セラピストスクール「ANOアカデミー」主宰。

とんとん整骨院 代表。柔道整復師として、都内に鍼灸整骨院4店舗・鍼灸院1店舗を運営。多くの患者と関わる中で、「痛み」や「慢性疼痛」への深い理解の必要性を痛感し、EBM(根拠に基づく医療)・バイオメカニクス・BPSモデル(生物心理社会モデル)を軸とした臨床を実践。その知見をもとに、臨床系セラピストスクール「ANOアカデミー」を主宰し、セミナー運営など施術者の育成・教育にも精力的に取り組んでいる。

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