実例で学ぶレッドフラッグ。急な腰痛下肢しびれと、7年かけて進む両手のしびれ
セラピスト向け
教科書の項目が、目の前の患者になった日
とんとんが治療家向けに続けているオンラインカンファレンスでは、参加者が持ち寄った実際の症例をもとにレッドフラッグ(危険な病気を示す所見)を検討しています。今回は2つの実例で、教科書で覚えた鑑別診断が目の前の患者ではどう立ち上がるのかを追いかけます。
2つの症例とも、参加者は問診票の情報だけでいくつもの疾患を挙げ、問診と検査の所見を一つずつ加えながら候補を絞り込んでいきました。最初は候補が広く出て、所見が増えるたびに絞り込みが変わっていく様子が印象的でした。
まなぶ先生
教子先生
瀬谷崎突然の腰痛と下肢のしびれ、77歳男性
夜間、トイレに起きた際に突然、腰の痛みと両足のしびれが出た77歳男性の症例です。歩行困難なほど体動時痛が強く、安静にしていてもNRS(痛みの数値評価スケール)で8から9、体を動かすと10まで上がりました。痛みで眠れないまま朝を迎え、市販の鎮痛薬を飲んでも治まりません。
- 高血圧で降圧剤を内服中
- 他院で経過観察中の軽度の脊柱管狭窄症あり
- 喫煙歴は一日14〜15本
参加者からは問診票の時点で圧迫骨折、腫瘍、感染、脊柱管狭窄症の増悪、ヘルニア、ASO(閉塞性動脈硬化症)、急性腰痛など幅広い候補が挙がりました。
決め手になったのは足の動脈の拍動です。後脛骨動脈の拍動が両側とも触れず、深部腱反射も減弱、患側の大腿四頭筋・前脛骨筋・長趾伸筋のMMT(徒手筋力テスト)はいずれも2でした。
足背動脈だけでなく後脛骨動脈も必ず確認するのは、足背動脈は生まれつき触れない人が1割ほどいるためです。
突然の発症、時間帯や活動と関係なく続く高度な安静時痛、動脈拍動の消失という組み合わせは、大動脈の解離を考える手がかりになります。ASOは歩行など運動時の痛みが特徴で緩やかに進行する病態のため、今回のような急な発症と高度な安静時痛の経過とは合いにくい、という点が確認されました。
この方は医療機関での精査により、大動脈解離と診断されました。腰痛や下肢のしびれだけを見ると胸部や背部の痛みを思い浮かべやすいところですが、大動脈は腹部まで続いており、解離の起きた部位によって症状の出方が変わってきます。
7年かけて進行した両手のしびれ、30歳女性
もう1例は、出産と育児をきっかけに7年前から両肘から両手にかけてのしびれが出て、少しずつ強くなってきた30歳女性、パート勤務の方です。最初は指先だけのしびれが年月をかけて肘まで広がり、ペットボトルを開ける、雑巾を絞るなどの把持動作でしびれと力の入りにくさが増します。
- 頸部の痛みや頭痛、歩行の問題はない
- 4年前に整形外科で胸郭出口症候群(TOS)と診断され投薬を受けていたが、症状が強くなる一方で来院に至った
- 血液検査はなく、レントゲン(X線撮影)は異常なし
参加者からは頸椎症性神経根症、胸郭出口症候群、円回内筋症候群、手根管症候群といった末梢神経系の候補に加え、頸椎領域の腫瘍という声も上がりました。検査所見は次のとおりです。
- スパーリングテストは陰性
- 肘部の叩打による誘発は右が陰性、左が陽性
- TOSを見るライトテストは陽性
- 三角筋のMMTだけが他の筋より弱い
まなぶ先生
教子先生
瀬谷崎この方は結果として、医療機関でのCT・MRIによる精査で頸部の脊髄にかかる良性の腫瘍が見つかり、切除後にしびれは消えたということでした。石灰化を伴わない腫瘍はレントゲンには写りにくく、CTやMRIで初めて見つかることがある、という説明がありました。
既往の診断があっても、そこに含まれない所見(今回は三角筋のMMT低下)を拾えるかどうかが分かれ目でした。
良性の腫瘍は年単位でゆっくり進行する一方、悪性の場合は骨の破壊や腱反射の亢進、発熱や体重減少といった全身の症状を伴いながら進行が速いという違いも共有されました。
レントゲンが正常でも症状の説明がつかないままなら、精査につなぐ判断が要ります。
2つの症例に共通する型
症状も年代も違う2例ですが、鑑別の筋道には共通する型がありました。
- 発症様式を見る。昨夜まで何もなかった状態から急に強い症状が出たのか、年単位で少しずつ強くなってきたのか。この違いだけで、疑うべき病態の方向はかなり絞られる
- 今ある診断名や既往だけで、目の前の所見をすべて説明できているかを都度確かめる。説明しきれない所見が残るなら、それを拾っておく
発症のしかたで絞り込むという視点は、腰やしびれに限らず広く使えます。腰痛・神経・内臓の鑑別マップのような見取り図を手元に持っておくと、候補を広く出しながら絞り込む作業がしやすくなります。
- 発症様式(突然か、緩徐に進行してきたか)を問診で確認する
- 安静時痛の有無と強さ、時間帯や活動との関係を具体的に聞く
- 足背動脈だけでなく後脛骨動脈の拍動も確認する(足背動脈は生まれつき触れない人が一定数いる)
- 既往の診断名だけで所見をすべて説明できているか、都度確かめる
- レントゲンが正常でも、石灰化のない腫瘍など写りにくい病態がある
- 説明のつかない所見が残ったら、医療機関へつなぐ
迷ったときは、つなぐことも役割のうち
今回の2例は症例報告として共有されたもので、参加者が実際に治療したケースではありません。ただ、候補を挙げ、問診と検査で絞り込み、答え合わせをするという流れを追体験することで、自分がこの患者さんを担当していたらどう動けたかを考える機会になったと思います。
危険な病気を疑うべき場面で確認できる所見を確認し、判断がつかないところは医療機関につなぐ。これも治療家としての役割の一つです。
検査で確定できない病態を患者にどう説明するかにもあるように、分かったところとまだ分からないところを分けて伝える姿勢は、紹介の場面でも大切になります。
瀬谷崎検討では、投球の3球目あたりから腰が痛くなった小学6年生の野球選手(投手)の例が挙がりました。腰部の回旋痛と前屈痛があり、左片脚でのけんけんで症状が再現。腰部捻挫として2回の施術で痛みは大きく引いていましたが、担当者は分離症由来かどうかの鑑別に迷っていました。
瀬谷崎は、成長期の野球選手が腰を痛めた場合は症状の強弱を問わず一度画像診断を受けてもらうと述べました。理由として、CTは撮影する高さによって初期の不全骨折を見落とすことがあり、MRIを撮れる施設へ紹介するほうが安全だという点を挙げています。初発で経過が読みにくいほど、念のための受診を優先するという判断でした。
痛みが軽快していても、年代と競技特性から重い病態を想定して紹介につなげる。これは本記事で扱うレッドフラッグの見極めと同じ考え方の一例です。





