多裂筋の収縮を引き出す伝え方。言葉を減らして、触って確かめる
セラピスト向け
言葉より、方向と手応えで教える
「ここに力を入れてください」で多裂筋(たれつきん)が入る患者さんは、ほとんどいません。深部の筋の収縮をどう引き出し、どう確かめるか。とんとんが治療家向けに続けているオンラインカンファレンスで実際に出た相談をもとに、キューイング(動きの指示出し)の組み立てをたどります。
相談は、多裂筋の再教育を指導しているものの、患者さんが動作をイメージできず、うまく言語化して伝えられない、というものでした。「腹臥位(ふくがい・うつ伏せ)で力を入れてもらうときに、弱くて入らないのか、そもそも動作がイメージできていないのか、切り分けづらい」という具体的な悩みです。
体幹深部筋の再教育は、腰痛のアプローチで頻出する場面で、姉妹編の腹斜筋を腹直筋に頼らずに働かせると同じく、伝え方そのものを手技として扱います。
まなぶ先生
教子先生
瀬谷崎キューイングは「方向」だけを短く
具体的な手順はこうです。多裂筋は仙骨の上端に付着して腰椎へ向かって走ります。
- 触る場所を決める腹臥位で仙骨の上端あたりを指2本くらいで軽く押さえます。
- 方向だけを短く伝える「ここを、こう」と腰椎の方向へ動かすように促します。伝えるのは収縮の方向だけで、余計な説明は加えません。「腰を反るように」と運動方向を言葉にすると、変なところに力が入ったり、別の運動になったりしやすいためです。
- 触知して、すぐ返す同時に反対の手で多裂筋の膨隆を触知し、入っているかをその場で確かめる。正しく入っていたら「そうです、その感じです」と、その都度すぐフィードバックして精度を上げていきます。
言葉を増やすほど、患者さんは頭で動かそうとします。触っている場所と短い一言、そして「今の、それです」の即時の確認。この3点で回すのが、遠回りに見えて確実だという結論でした。
入らないときの引き出し方
片側だけしか入らない、あるいは全く入らないという場面も出ます。そのときの具体的な手順が共有されました。
- 骨盤帯ごと把持して、片側の骨盤を腰椎方向へ少し挙上させる補助を入れる。代償的な動きから収縮の感覚をつかんでもらう
- 腹臥位でL5/S1(第5腰椎・第1仙椎)付近に母指と示指を当て、まず皮膚を頭側へ引き上げる。僧帽筋下部の収縮を誘導するときの多裂筋バージョンで、この時点で約7割の人は収縮が入るという実感でした
- それでも入らない場合、片側の骨盤を軽く挙上させる補助を足すと、経験上ほぼ全例で入る。片側で感覚をつかんでから反対側、最後に同時、と段階を踏む
物療機器を先に使う手もあります。ハイボルテージや干渉波など出力のある機器で先に筋収縮を誘発しておくと、そのあとの運動療法へ移りやすくなる、という前処理の考え方です。
携帯できるスマートフォン型の低出力の機器では、再教育に必要な収縮を引き出すには出力が足りないとのこと。何のために当てるのか、狙いを収縮誘発に置くなら出力が要る、という切り分けです。
実例|くしゃみで腰が痛む産後の患者さん
出産後から腰痛が続く40代の患者さんの相談もありました。くしゃみの瞬間や、子どもと走るときに痛みが出て、走ることへの恐怖感が強いケースです。
動診では屈曲時痛と伸展時痛の両方がありましたが、屈曲時痛はハムストリングスへのANOテスト(とんとんで用いる原因筋の絞り込み評価)で反応が出て、そこを施術したところ、FFD(指床間距離)が23センチから0センチ、床に手がつくまで改善しました。
整形外科ではレントゲンで異常なしと言われていた背景もあります。
残ったのが、日常の中でのくしゃみや走るときの痛みでした。ここで挙がった見方が、くしゃみの瞬間の腰痛を、瞬間的な腰椎屈曲に多裂筋の収縮が間に合っていない状態と捉える解釈です。腹圧という曖昧な概念より、収縮のタイミングで考えるほうが実践的だ、という話でした。
机や椅子に手をついて体重を預け、腰に少し力を入れた状態でくしゃみをする方法が挙がりました。これは先行研究でも触れられていたと思う、という補足つきです。テーブルの奥を拭くときなど、体幹が前傾する動作でも同じ声かけが効く場面があります。
多裂筋トレーニングは、開始から2週間ほどで「あれからすごく良いです」と変化が出る例が多いという経験則も共有されました。
トレーニング後に腰が筋肉痛になることがありますが、これは効いている手応えでもあるので、あらかじめ「筋肉痛が出たら、うまくできていた証拠として受け取ってください」と伝えておくと、悪化と取り違えずに済みます。
再教育は、説明の上手さより確認の速さ
深部筋のキューイングは、解剖の説明を尽くすことより、方向を短く伝えて、触って確かめて、すぐ返すことの繰り返しでした。入らないときの代償運動や皮膚からの感覚入力、物療の前処理まで引き出しに持っておけば、「意識してください」で足踏みしていた再教育が前へ進みます。
瀬谷崎座位で長く座ると腰が張るという慢性的な訴えに、急性腰痛が重なった34歳男性の検討です。体幹の多裂筋(たれつ筋)、腹斜筋、腸腰筋の弱化がみられ、担当者は再教育を入れたいものの、腹斜筋を収縮させようとすると本人が「怖い感じがする」と言い、収縮時に痛みも残る段階でした。多裂筋のトレーニングをどのタイミングで入れるかが論点になりました。
検討では、運動恐怖が強いうちに無理に収縮を求めるより、痛みが出てもその動作をやめた後に悪化しないという経験を一緒に確かめ、続けるかどうかを患者自身に選んでもらう進め方が挙がりました。触れて反応を見ながら動く範囲を少しずつ広げ、不安が下がってきたタイミングで負荷を上げていくという流れです。
多裂筋の収縮は、キューの精度だけでなく、患者が安心して力を入れられる伝え方があって初めて引き出せます。言葉を減らして触って確かめる、という本記事の考え方と同じ場面の検討例です。




