「技術練習はタイパが悪い」は正しいか。合格ライン後の練習を、仮説検証と説明の練習に切り替える
セラピスト向け
「練習しても変わらない」と感じ始めた先で、練習の中身をどう変えるか
午前中の全体練習会が終わった直後、鍼灸師の新谷優樹(入社4年目・中途)から「社長に怒られそうですけど、技術練習ってそんなに要らなくないですか」という切り出しがありました。ふざけた話ではなく、2年目以降に練習しても手応えが変わらなくなった、チェックシートの点数が同じでも現場の成績が違う、それなら点数のための練習はタイパ(タイムパフォーマンス)が悪いのではないか、という真面目な悩みです。今年入社の鶴目元も交えて話した内容を、同じ壁に当たっている先生に向けて書きます。
結論を先に置くと、新谷の感覚は半分正しく、半分は練習の定義が古いままでした。マニュアルの反復という意味の練習は、合格ラインを超えたら優先順位が下がって当然です。ただ、その先には別の中身の練習があり、それをしていないから伸びた実感が消えている。動画では、その中身を3つに分けて話しています。
鍼灸師の新谷優樹、新卒の鶴目元と瀬谷崎の3人で話した動画。本記事は要点を絞っているので、細かい言い回しや具体例は動画で確認できます。
まなぶ先生
教子先生
瀬谷崎1年目と4年目で、練習の効き方が違うのは当然
まず前提をそろえます。新谷も鶴目も、そして瀬谷崎も、1〜2年目に練習が必要なことには全員が同意しています。国家試験に受かった直後は、練習すればするほど患者さんの満足度も介入成績も上がる実感がある。鶴目が「1年目は人の体に触れる回数を増やす意味で絶対に必要」と言ったのは、まさにその段階の実感です。
問題は、基礎が身についた後です。筋肉や骨の触診、体を正しく操作する再現度といった技術は、ある水準に達すると練習しても伸びが見えにくくなる。1練習して10使える時期と、100練習して1しか使えない時期がある、と動画で表現しました。同じ延長線上の練習を続けていれば、タイパが悪いと感じるのは当然です。
とんとんではチェックシートで一定の合格ラインを設けています。それに受かっているなら、いわゆる技術練習の優先順位が下がるのはごく普通のことで、会社としても「合格後も同じ練習を同じ量で続けろ」とは求めていません。どこまでやるかの線引きは人によって違ってよい。ここまでは新谷の感覚と会社の考えが一致しています。
合格ラインの先は、マニュアルの反復を仮説検証に置き換える
では合格後の練習は何をするのか。新谷は「現場で自分の技術が足りていると思ってはいない。結果が出ないこともある」と言います。つまり伸びしろはあるのに、伸ばす方法が分からない状態です。ここで瀬谷崎が提案したのが、練習の定義を反復から仮説検証に切り替えることでした。
とんとんの研修やマニュアルは、考えるための土台と軸を作るものであって、それだけで全ての患者さんに対応できる設計ではありません。言われた通りにやって結果が出なかったとき、そこから先が本人の練習になります。
- 結果が出なかった症例を持ち帰る言われた通りにやったのにダメだった。何が足りなかったのかを自分で調べ、仮説を立てる。
- 業務後にスタッフの体で試すこのアプローチならいけるのではと思ったら、同僚の体を借りて確かめる。不利益はないか、再現できそうか。
- 手応えがあれば患者さんに使う練習会で通ったものだけを現場に持ち込む。順番を逆にしない。
- 結果をまた持ち帰るうまくいってもいかなくても、次の仮説の材料にする。これが日々のブラッシュアップになる。
瀬谷崎自身も、うまくいかなかった症状の本を休みの日に10冊ほど読み、付箋を貼って「この患者さんにはこの評価を取ってみよう」とフローチャートを作り、夜の練習会でスタッフ相手に検証していた時期があります。そう使うなら練習会の時間は有意義だし、正直に言って楽しい。細かい打ち込みの練習はもう終わっていて、この仮説検証こそが今の新谷に必要な技術練習だ、というのが動画での答えです。
新谷はこの話を受けて「習ったことをマニュアルの範囲内でそのままやるだけで止まっていた。進歩している感覚もなく、練習が時間潰しの作業みたいになっていた」と振り返っていました。練習が無駄に感じられるとき、無駄なのは練習ではなく、練習の中身が現場の問いと切れていることが多い。技術チェックが本来問うているのは臨床の理解だという話とも重なります。
説明は臨床スキル。練習会でロープレをしない違和感
3つ目は技術以外の要素です。動画ではフレンチの例えで話しました。ファストフードのポテトでも産地や作り方を丁寧に説明されれば美味しく感じるし、高級フレンチでも何の説明もなくハンバーガー店の紙袋で出されたら、普通の美味しさにしか感じない。説明がなければ価値は伝わりません。
施術も同じです。患者さんには施術の良し悪しを判断する材料がほとんどありません。情報の非対称性がある以上、どんなコミュニケーションを取れば価値を感じてもらえるのか、なぜ信頼関係が築きにくいのかを考えることは、立派な臨床スキルの一つです。それなのに、技術練習会でロープレ(ロールプレイ)や問診の練習をしないのは、瀬谷崎にはずっと違和感がありました。
コミュニケーションの練習は、手技の練習と手順がほぼ同じです。
- 自分の欠陥を見つける。説明が分かりにくい、「えーと」が多い、自信がなさそうに聞こえる、など
- 瀬谷崎や先輩とロープレをして比較し、欠陥をあぶり出す。自分では気づけない癖が多い
- 頭で「こう言えばいい」と分かっていても、口が自然に動くまで同じ場面を何度も繰り返す。手技と同じで、すっと出てこなければ現場では使えない
若手の問診をロープレで見たときの課題は問診力の伸ばし方の記事に書いています。技術の練習量に比べて、説明の練習量が桁違いに少ない先生は多いはずです。
説明の重さを示す研究。効かない機器と前向きな説明
説明がどれほど成績に影響するかについて、動画で瀬谷崎が紹介した研究の枠組みがあります。効果のある電気機器と、通電していない見かけだけの機器を用意し、それぞれを「前向きな説明をした群」「何も説明しない群」「否定的な説明をした群」に分けて比較したものです。結果として、前向きな説明をした上で効かない機器を当てた群のほうが、効果のある機器を当てて否定的な説明をした群より良い成績だった、と紹介されています。
細かい数値や対象は研究によって違うので、ここでは方向性だけを受け取ってください。プラセボ(偽の介入でも起こる反応)の大きさは、それ自体が臨床の一部です。言葉がけや説明が介入成績をこれほど動かす可能性がある以上、喋りのトレーニングを疎かにしたまま「技術練習は要らない」と言うのは順番がおかしい。動画の締めはそこでした。
この話は「説明で何でも良くなる」という意味ではありません。効かない機器でも説明次第で成績が動くなら、逆に効く手技でも説明を間違えれば成績を落とす、という読み方が現場では大事です。強い刺激でその場の変化を出すことと腕前の関係は別の記事で扱っています。
まなぶ先生
教子先生
瀬谷崎職場によって評価される技術が違う、というジレンマ
新谷はもう一つ、転職経験者ならではの悩みを出していました。組織によって評価される技術が違うため、前の職場で身につけた技術が次の職場で活きない。せっかく練習したのに、と納得がいかない気持ちです。
瀬谷崎の答えは二段でした。一つは、やることが組織でバラバラだからといって練習が不要になるわけではなく、むしろ新しいことを常に学ばなければならないから練習はずっと必要になる、ということ。もう一つは、とんとんでやっている一般的な技術は、次の職場の責任者が認めればそのまま持っていけるはずだ、ということです。特殊な独自手技ではなく、触診・評価・基本的な操作の再現度を軸にしているのは、そういう持ち運びやすさも含めています。
会社が練習時間をどこまで確保すべきかという裏側の話は、練習時間をどう守るかの記事に書いています。練習の意味を問い直すなら、時間の作り方も一緒に考える必要があります。
練習が無駄なのではなく、段階に合わない練習が無駄になる
新谷は最後に「ただ技術練習が無駄だと思っていたのが、段階でやり方を変えることと、コミュニケーションの練習の重要性に気づけて視野が広がった。違う景色で練習に取り組めそうです」と話していました。切り出しの時点で「怒られそう」と言っていましたが、怒る理由はどこにもありません。合格後に同じ練習を続けて手応えが消えるのは、本人の怠慢ではなく練習の設計の問題だからです。
同じ壁に当たっている先生に向けて、動画の内容を3行にすると次のようになります。合格ライン前は反復で触れる回数を増やす。合格後は現場の失敗を仮説にして練習会で検証する。技術と同じ量だけ説明の練習をする。この3つが揃っている練習会なら、4年目でも10年目でもタイパが悪いとは感じないはずです。
流れ作業の施術ではなく、こういう練習の場を持って働きたい柔道整復師や鍼灸師の方は、同業の先生の見学も受け付けています。動画の最後にある求人案内と同じ趣旨です。
瀬谷崎





