治療院の予防提案は不安を煽りやすい。通院を楽しさで支えるエンタメという視点
セラピスト向け
痛みが落ち着いた後の通院に、楽しさという動機をつくる
症状が強い時期の施術に迷いはなくても、落ち着いた後のメンテナンス期をどう提案するかは多くの治療院が悩むところです。将来のリスクを伝えて予防を勧めるやり方には、患者さんの不安を新しく作ってしまう副作用があります。とんとん整骨院の社内討論から生まれたYouTube動画をもとに、不安ではなく楽しさを動機にしてもらうという考え方と、その実践での注意点を掘り下げます。
来院が増えれば売上は上がり、患者さんの症状予防にもつながる。それなら臨床と売上は本来相性がいいはずなのに、現場では「相性が悪いのではないか」という感覚が繰り返し話題になります。とんとん整骨院の社内研修でもこのテーマが挙がり、その続きを討論した動画を公開しました。
討論の実際の動画(約30分)。本記事は要点を絞っているので、話の空気感は動画で確認できます。
臨床的意義を厳密に問うと提供できるメニューの手札が減る、という論点自体は臨床的意義と売上の4象限で考えた記事で扱いました。今回の討論の中心はその先、症状が落ち着いた後の通院を何が支えるのかという問いです。
まなぶ先生
教子先生
瀬谷崎臨床的意義が本当に問われるのは、メンテナンス期
痛みが強い状態をゼロに戻していく時期は、施術の価値が患者さんにも分かりやすく、対価をいただくことに迷いは生まれにくいものです。臨床的意義が問われるのは、症状が落ち着いた後、ゼロからプラスへ向かうメンテナンス期です。
この時期は患者さんの自覚症状が薄いぶん、何に価値を感じて通い続けてもらうのかを施術者側が設計する必要があります。ここで多くの治療院が選びがちなのが、予防の必要性をリスクとともに伝えるやり方です。
予防の提案が抱えるジレンマ
たとえば「太ももの筋力が弱いままだと、将来膝が変形するリスクが上がります」という説明。変形性膝関節症の危険因子として筋力低下を挙げること自体は、根拠のない話ではありません。それでも討論では、この伝え方に慎重な意見が出ました。
患者さんにとって理想の未来を極端に描けば、運動も食事制限も気にせず楽しく生きて、それでも病気にならずに寿命を迎えることです。医療者が「将来痛くなるかもしれません」と伝えることは、その何も気にせず楽しく生きる時間に不安を差し込む行為でもあります。予防を促すつもりの言葉が、健康だった人の毎日を曇らせてしまうなら、それは誰のための予防なのかという問いです。
不安を伝えて通ってもらう予防は、通院の動機がマイナスの回避になる。動機がマイナス起点である限り、患者さんは通うたびに自分の体の悪い面を意識し続けることになる。売上のためにその構図を強化していくと、臨床と売上の相性は実際に悪くなっていく。
出口として挙がったのが「エンタメ」という視点
討論でブレイクスルーになったのは、通院の動機を不安の回避から、来ること自体の楽しさに置き換えるという考え方でした。ここに来ると体が軽くなるし、なにより楽しい。先生と話したいから行く。そうしたプラス起点の動機で通ってもらえれば、結果として予防になり、体の状態も良い循環に入ります。
具体例として動画で挙がったのが、MMT(徒手筋力検査)の場面です。力が入らない結果が出たとき、深刻な顔で「弱いですね」と告げるのではなく、「あれ、全然入らないですね」と一緒に笑って、ではどう鍛えるかを楽しく考える方向に持っていく。検査結果は同じでも、患者さんの体験はまるで違うものになります。
まなぶ先生
教子先生
瀬谷崎盛り上げようとした言葉が、症状を作ることがある
エンタメ的な関わりには注意点もあります。会話を盛り上げようとして「腰、ガチガチですね」と勢いよく伝えた結果、それまで腰を気にしたことがなかった患者さんが「自分は腰が悪いんだ」と思い込み、実際に痛みや不調を感じ始めてしまう。医療者の言葉がマイナス方向に働くこの現象は、ノーセボ効果(プラセボの逆で、否定的な情報が症状を悪化させる方向に働くこと)として知られています。
硬さや歪みイコール痛みではない、という患者教育をセットにしないまま体の状態を面白おかしく描写すると、楽しませるつもりの言葉が症状の種になります。過敏になっている患者さんへの言葉選びは説明不足が痛みを悪化させた症例の記事でも扱いましたが、エンタメ路線を取るときこそ、この視点が土台になります。
- 体の硬さや左右差を、痛みや将来の不調と直結させて描写していないか
- 笑いを取るための誇張が、患者さんのセルフイメージをマイナスに書き換えていないか
- 検査結果を伝えた後、鍛え方や改善の道筋というプラスの文脈で締めているか
エンタメの本質は、盛り上げることより「マイナスを作らないこと」
では患者さんが求める楽しさとは何か。討論では美容室のたとえが出ました。わざわざ遠くの美容室に通う理由は、大爆笑できるからではなく、居心地が良いから。無理にプライベートへ踏み込んでこない、その気遣いが心地よいからです。
つまりエンタメ性の根本は、話術やテンションではなく、相手にとって不快なことをしないという気遣いにあります。おしゃべりを楽しみたい患者さんもいれば、静かに過ごしたい患者さんもいる。会話を楽しみに通う患者さんについての記事で書いたとおり、求められているものは患者さんごとに違うので、楽しさの形もひとりずつ見立てることになります。
コミュニケーション能力は、座学より現場の回数で育つ
楽しさを提供するにはコミュニケーション能力が要ります。では、それは研修で教えられるのか。この問いは社内でも5年越しで議論されてきたそうですが、討論の結論はシンプルで、座学だけでは難しく、慣れがいちばんのトレーニングだというものでした。
コミュニケーションは相手との共同作業なので、能力というより場数の関数に近い。仕事中は流暢に話せるのにプライベートの初対面では言葉が出ない、という経験は多くの人にあります。10年目になっても患者さんと話せない施術者は実際ほとんどいないわけで、若手であれば、早く現場に出て患者さんと直接やりとりする回数を増やすことが最短の練習になります。
明日から使えるマインドセット
それでも現場に入る前の緊張はあります。討論の終盤で紹介されたのが、施術に入る前に、この患者さんのことが大好きだと自分に錯覚させてから臨むという工夫でした。
- 入る前に、相手を大切な人だと思い込む嫌われたくない、結果を出さなければ、と心を閉ざして入るより、好きだと思い込んでから入る方が自然に振る舞えます。
- 興味からの質問が自然に増える大切な人だと思っていれば、生活や好きなことへの質問が義務ではなく興味から出てきます。会話の質が変わります。
- 失敗への恐怖が薄れる関係がプラス起点で始まるので、細かい言い間違いを引きずらなくなり、雰囲気がマイルドになります。
動画では、この入り方に変えてから予約の継続率が上がったという実感も語られています。テクニックというより、患者さんへの向き方を先に決めておく段取りの話です。
不安の回避ではなく、楽しさを起点に通ってもらう
臨床と売上の相性が悪く見えるのは、売上を立てる手段を不安の喚起に頼ったときです。将来のリスクで人を動かす予防は、患者さんの現在の幸福を削りながら成立します。来ること自体が楽しい院を作れれば、通院は患者さんにとってプラスの時間になり、結果として予防が実現し、売上も後からついてくる。討論が示したのはその順番でした。
そのための道具は、話術ではなく、マイナスを作らない言葉選びと、患者さんごとの楽しさの見立てです。まずは明日の一人目、検査結果の伝え方をプラスの文脈で締めるところから試してみてください。
瀬谷崎腰痛が改善傾向にある40代の患者さんが、以前かかった別の院で「このまま放置すると狭窄症になる」と言われていた、という相談がありました。患者さんがすでに不安を持ち込んでいる場面で、施術者はリスクをどう扱えばよいかという問いです。
共有されたのは、リスク説明そのものを避けるべきではない、という見方でした。将来の変形や手術のリスクを根拠とともに伝えることは、むしろ良心的な行為になり得る。ただし伝えるなら、不安や活動量の低下という副作用が必ず出るので、運動指導や痛みの教育をセットにしてフォローすること。そして、将来のリスク回避を取るか今の快適さを取るかは患者さんの価値観で分かれるので、それを聞きながら伝え方を調整すること。不安を作らない説明と、リスクを隠さない説明は両立できる、という結論でした。この記事の「マイナスを作らない」視点とも地続きです。





